キューバでの家族の在り方への疑問。

キューバでの家族の在り方への疑問。

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エッセイ キューバ



まだ、考え途中で、答えは見えないし、もしかしたら、一生見えないかもしれないし、よく解らない。前にも何度か家族の事は書いたけど、悪くは書けないし、私の理解不足かも知れない。

悪い事は書きたくないけど、私のフィルターで感じた事をちゃんと書かないと、とも思う。

どうしても、キューバに居て、頭では理解と尊重をと思いながらも、どうしても受け入れらないな事。

家族の在り方。

この国の人たちは、至って、善良で、親切で、人懐っこい。

でも、約束や時間を守れない人が多い気がする。言い換えれば、こっちもゆるくては居れる。

んだけど、根底の所で、どうしても、どうしてもひっかかる。目が点になる事もよくあるし、呆れかえる事もある。

なんでなんだろうと。

その一つが、家族の在り方なんじゃないかと。

この国では、本当の血縁の「両親」が揃って一緒に暮らしている割合が低い。

結婚や家族って何だろうと、今の歳になって考えると、私は「責任」なんだと思うの。

私の世代だと、共稼ぎだとしても、父親が、一家の長で、大黒柱。
父親は責任を背負って、家族の為に働き、養う。
そういうシステムだったと思う。

今、若い男性が結婚をしないというのをよく聞く。
不景気な日本で、家族を養っていく自信がない人も多いかもしれない。
言い換えれば、結婚をして家族を持つことは「責任」を持つ事だと解っているのかもしれない。

2号さんを抱えても(2号さんって言葉死後かもw)、甲斐性のある旦那は責任を持って面倒を見る。そんな事が昭和の頃までは当たり前だった。

ここでは、その「責任」が、どうも曖昧で。曖昧と言うか、希薄。


何度も何度も結婚して子供をもうける人たちも少なくない。

週末に子供に毎週合う父親は「いい父親」。

そんな中で、子供たちは、どこで、約束や責任を知り、身に付けていくのだろうかと。

ある人は、キューバでは家族は友達のような関係だと言っていた。

もしそうだとしたら、誰が、行儀や、道徳や、躾を教えるのだろうか。

責任を持った親と言うのは、そういった事を教える事が親としての責任だと思い試行錯誤を繰り返すんじゃないかと。正しかろうが、間違っていようが、それが親の務めだと。

でも、子供たちは言葉に行動が伴っていない場合、反発をしたり、聞かなかったり。結局、親の行動や背中を見て、約束や責任を覚えていくんじゃないかと。

約束を守る親を見て、約束を守る人に育つんじゃないかと。

ある家族を、じっと見ていて、娘(20歳と46歳)も息子(50近い)も全く悪気はないんだろうけど、「え!?」と思う事をする。腰が抜けそうになる。でも、その父親を見ていると、仕方ないと思ってしまう。しかし、多くの場合キューバ人はとても善良で親切。だからまた疑問が膨れる。自分の中にある人を見る指針のような物がよく解らなくてヘロヘロになる。

色んな人を見ながら、なんで、なんでの連続だったけど、私のとりあえず行きついたところは家族のシステムに疑問を持つの。

「私にとっての当たり前」というフィルターから見ているのかもしれないけど、結構打ちのめされる。

もちろん、キューバだからと言うわけじゃなく、日本でも同じような事はあると思うけど、ここでの当たり前は、「私の中の常識」というフィルターではろ過できない。

何が違うんだろうと。

歴史、宗教(信仰)、風土。

世界から見たら、日本はかなり珍しい国なんだと思う。

次のブログに続く

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