感情解放プログラム in CUBA 【特別篇】

感情解放プログラム in CUBA 【特別篇】

CRYSTALLIZE
エッセイ キューバ 感情解放プログラム



7月。
感情解放プログラムのお客様がキューバに来ることになった。
理由は、理屈ばかりをいい、行動をせずに、理由をつけて何かのせいにする、ちょっと賢い彼女。頭でっかちな彼女の頭と体のバランスを調整、というより、一度上手く壊さないとこのままではプログラムが進められないと感じたから、「キューバに来てみますか?」と提案した。

キューバは情報が少なく、ビザの申請や航空券の手配もちょっと煩わしい。交通費や滞在費を考えると出費も大きい。「まさか」と思ったが、1週間後彼女は「ありがとうございます。行かせてください」と。

そこから彼女は、すごい勢いでキューバの事を調べ、キューバ行きの準備を始めた。私も彼女がキューバで色々な事を見たり、「体験」できるようにプランを考えた。彼女に必要な事は自分の意思で行動し、頭だけでは体験できない事を、体験して、頭と体の間にある何かをぶち壊して、「自分」で考えて、自分で選択して生きる事を体と頭で理解する事かもと思ったから。

彼女は私のブログを愛読していたわけではなく、たまたまある方のセッションでクリスタライズの感情解放プログラムを勧められたと。「必ず変われる」と。その方を私は存じない。彼女はクリスタライズの扉をガンガンと叩いてきた。数週間感情解放プログラムのレポートで向かい合い、そして会った事も無い私を信頼して、キューバまで飛んできた。

Yさんは28歳。
クリスタライズのお客様の多くは30代後半から50代の女性。私と20歳近い年齢差がある彼女とは生きた時代も違う。

======

カナディアン航空
夜遅くの便でハバナ、ホセマルティ国際空港に到着。
海外に憧れながらもほぼ初海外。ビザやチケットを自分で一生懸命調べ手配しよく来たものだ。私のそばの民宿に送り届ける。


Day1:
朝、私がいつも行くメルカド(市場)に行く。
私がいつも食べる汚い朝食屋でバディードと魚のフライのサンドイッチを食べる。ハエがたかる中、嬉しそうに「おいしい」と言い、写真を撮りまくる。今はマンゴの季節。

Yさん撮影☆

Yさん撮影☆



その後、私の家でしばらく話をした。
社会の風潮や動向。
近代社会の流れ。
社会の多様性と複雑性。
スピリチュアルより、心理学や社会学の方がより現実的に分析ができる事の多さ。
どうして、スピリチュアルに人々がはまるのか。きっとそういった分析可能かもしれない事柄があまりにも複雑で難解で、結局は答えが無いので、そういう面倒な事を飛ばして、スピリチュアルに答えを簡単に見出したいと思うのかもしれない。

日本の社会学者の本の一部や気になって保存しておいたあるネット記事を私は彼女に見せた。
どうして人々が、どういう時代の流れや社会の中でスピリチュアルにはまっていくのか。日本の経済的な流れ、情報過多で価値基準が多様で複雑になり、様々な意図で人々が生き、様々な意図でメディアなどの媒体から情報が送られてくる。人はそういった様々な事にも影響されそれなりにそれぞれの価値基準を持って生きている。

サンティアゴデクーバから戻ってきたクラスメイトから電話があり、彼女の友人が翌日の便でキューバを離れるので良かったら一緒にCasa de la Musica(サルサのライブがあるクラブ)に行きませんかと。予定がはっきりしたら携帯に連絡を貰う事になった。YちゃんもCasa de la Musicaに行ってみたいと言っていた。彼女たちはみんな28歳。

お昼ご飯は近くのカフェで私がいつも食べるコングリと言う黒い豆の炊き込みご飯の上に豚の煮物が乗ったキューバ人が食べるもの。25CUP(1ドル)。「おいしい」と、笑顔で食べる。その後旧市街に行くのにエアコンの無い一般市民の乗る路線バスに乗った。スリがある事もあるから、カメラをしまうように言った。バスを降りると、ホセマルティの生家があったので、さくっと入った。

ホセマルティとは、スペイン植民地時代に解放の為に闘い志半ばで命を落とした英雄で、キューバではチェ・ゲバラよりも重要な存在。
ホセマルティ生家

ホセマルティ生家



旧市街を観光し、夕方、マキナ(乗り合いタクシー)を拾い、宿のあるベダードに戻った。シャワーを浴び、着替えて、18時に私の家の下で待ち合わせた。そういえばお腹がすいたので、ピザを食べて行こうと言って、ピザ屋に入った。決して美味いとは言えない許容範囲のピザ。18CUP。100円弱。「安いですね!」と言いながら、ファンタの様なキューバのジュースを飲む。日本ではこの子は絶対こんなジュースを飲まないだろう。

マキナでCasa de la Musicaに向かった。


マキナで帰ろうとしたら、クラスメイトたちはバスに乗るという。私たちもバスに乗る事にしてバス停に向かった。もう少しでバス停と言う時に雨が降り出した。南国の激しい雨。降り出したら動けない。私たちはある建物の軒下で雨宿りをすることにした。前日遅くにキューバに着き、あまり眠れなかった彼女は多分疲れていたのだろう。ちょっと不安そうに雨を見る。でも雨は止まない。そして彼女もあきらめる。30分ほどして雨が小降りになった。私たちはバス停に走った。



Day2:
その日は、朝は一人で宿から歩いて行けるハバナ大学や革命広場に、一人で行った。行かせた。自分で歩いて、自分で感じる事をしてほしかったから。午後3時に私の家の下で待ち合わせた。少し遅れて彼女が現れた。

「Seinaさん!もう大変だったの!もう、なんだかよく解らないんだけど、ハバナ大学の学生とか言う人が案内してくれるとか言って、確かに案内してくれたんだけど、最後におごらされたの!いろんな人に声かけられて、グルグル回っちゃって、戻ってこれないかと思ったの!」息つく間もなく喋る。報告する。
「ま、おごらされた位でしょ。10ドルとかそこら。キューバって危険な悪さする人は殆どいないんだよね。だから大丈夫。それにちゃんと戻ってこれたし。そういうのも含めて経験なんだと思う。」
「もう~~なんでついて行っちゃったんだろう!」
「解らないと人は不安になったり弱くなるんだよ。アタシにだってあるよ」

「そうそう、革命広場で日本人のおじさんに会ったんです。キューバ人の目線で旅がしてみたいらしく、人民ペソ使ったりバスに乗ったり、乗り合いタクシーに乗りたいけど解らないって言っていました。私すごく羨ましがられました(笑)」

私たちは旧市街に行きざざっと観光をし、早めの夕食を食べフェリー乗り場に行った。9時にモロ要塞で毎日行われる大砲の儀式を見に行くために。フェリーは20センターボ。1円弱。

観光中

観光中



船を下り、途中キリストの像を見たが、補修工事をしていた。そこからさらに歩き、話しながらモロ要塞に向かった。

歩きながら、「自分の好きな事が解らない、今まで生きてきてやりたいことが何もない」と言った。

彼女は多くの事を周りや親の気持ちを損なわないために自分を抑えて生きて来た。そのうちにそういう事すら解らなくなったのかもしれない。今までの自分の人生は自分の選択じゃないという。理由をつけて、仕方ないから、と言う。言い換えればいつも環境やだれかのせいにする。

「仕方ないんじゃなくて、あんたずるいよ。
周りの人の気持ちを損ないたくない、否定されたくない、と、自分を抑える事も実はその人の選んだ選択なんだよ。だから無意識に選択をしているんだよ。あなたの場合、仕方ないとか条件や周りの目やリスクを考える前に、やりたいか、やりたくないか、をまず考えて、その次にリスクや条件を考えてみたらどう?」
「私、本当に自分が好きな事ややりたい事があるとか解らないんです・・・」
「あんたね、よくもまぁ、あんだけ調べて、キューバまで来たわよね。どうして来たの?」
「私、海外に憧れていたし、キューバに行ってみたかったんです。Seinaさんにあってみたかったんです!」
「ほら、あんた、WANT TOだったんでしょ。来たかったんでしょ。だからあんだけ一生懸命調べて準備して、周りがやめとけって言っても来たんでしょ。」

振り返って彼女を見たら泣いていた。

「あ、ごめん、泣かせた?」
「私、嬉しいんです。私、やりたいとか、好きとか、そういう気持ちをちゃんと持っているんだと気づいたんです。私、今キューバに来ています。私、来たかったんです。Seinaさんに会ってみたかったんです。」
「いや、あたしは、たいしたモンじゃないけどさ。ありがと」

大砲の儀式を見て、おばさんは座り込み、彼女とハバナの夜景を見た。

モロ要塞

モロ要塞



モロ要塞

モロ要塞から眺めるハバナ



帰りに、要塞の出口で若いキューバ人に「タクシー?」と声をかけられる。

私は客引きが嫌いなのですかさず言う。
「P15だっけ?バス」
「違う違う!P11だよ」
「あ、そっか、P11だね。ちなみに、タクシーでベダードまで幾らなの?」
「10CUCだよ。でもバスが安いよ。バスに乗ればいい!バス停まではこう行って、あっちの道だよ、こっちは暗くて危ないからね。あっちだよ!」

疲れたおばさんは10CUCだったらまぁいいか、とも思ったが、この会話の流れ的にはタクシーに乗せてもらえないと思い、彼女とバス停に向かった。

通りを渡る時やバスが来たとき、私は「バモッ!(Vamos!)」と手招きをしてささっと行く。さっさと行かないと乗り損なう。彼女はささっと付いてくる。そしてバスに乗る。

「お昼に革命広場で会ったおじさん、むっちゃ羨ましがるなっ!またバス乗ってるし(笑)」
汚いバスの車内で、彼女は嬉しそうに、幸せそうに外を見ていた。

でも、この後、途中でバスを下ろされ、面倒な事にまた別のバスに乗り換えなくてはいけなくなった。
バスが来て、「バモッ!(Vamos)」と言って、走りながら手招きをする私に彼女はささっと付いてくる。そしてまた、汚い車内で嬉しそうに外の景色を見ていた。

Day3:
仕事を終え、朝、9時過ぎに彼女の宿に行った。
「あのさ、突然なんだけど、今日さ一緒に旧市街で美術館とか行こうとか言っていたけど、昨日ずっと考えててさ。一人で行きな。私と居ると、私が見せた景色になるから、一人で歩きな。見える景色や感じる事が違うと思うよ。旧市街までタクシーに乗ったらいいから。午後3時に旧市街のフロリディータの角で待ち合わせよう」

午後3時ぴったりに彼女は嬉しそうに私に手を振って走って来た。

「どうだった?どこ行った?お昼なんか食べた?」
「今日は声もかけられなかったし、上手く行きました!カピトリオの前あたりでアイスクリームとパンになんか挟んでいたのを人民ペソで買いました」
「お腹すいてる?じゃぁ友達の店でも行こう」

彼女はひっきりなしに話した。
子供が初めてのお使いや冒険を嬉しそうにお母さんに報告しているように。
そして昨日の失敗を今日はしなかったと。経験をしたからだと思った。

ご飯を食べて、私の携帯の入金が上手く反映されてなかったので、携帯屋に行った。

店のオヤジに「まだ反映されてないんだよ。時間が無いからお金返してくれる?」
「いやちょっと待ってくれ。調子が悪くて、上手く行かないんだ。」
店の若いキューバ人が薄暗い店のの奥に椅子を出して、「ここに座ればいいよ」と。
「サービスのつもりかもしれないけど、そこ暑いじゃん。こっちの入り口側の方がいいサービスだわ」

そういうと、みんなが笑った。
暫くしても携帯の入金がなかなか上手く行かない。
「いや、マジで時間ないんだよ」
「いや、もうできるからもうちょっと待ってくれ」
「ごめんね、待たせちゃって」
「いいんです、観光では見られない暮らしの中のキューバ時間を楽しんでいます」
彼女はそこに座り、道行く車や人々、景色を見ていた。

携帯の入金待ち

携帯の入金待ち



「この辺も見る?生活に必要な物とかこの辺りにいろいろ売ってるんだよ」
いくつかのお店を覗いた。

キューバには物が少ない。
種類が無い。
どの店にも同じものが売られている。

私たちは歩いてベダードに向かった。

途中、喉が渇いたのでカフェに入った。
「何飲む?フルーツジュースとかもあるよ」
「私、いつものあれがいいです」
「スプライトみたいなやつ?」
「はい!Seinaさんも言っていたけど、暑い国に居ると甘いあの炭酸飲料が美味しいんです」
「あんた、日本じゃ爽健美茶とか買ってんでしょ。こんなの日本じゃ絶対飲まないよ(笑)」
飲まないというより、子供の頃から栄養を気遣う親から飲ませてもらえなかったんだろうと思った。キューバに居る間、ガンガン飲めばいい。今、それが美味しいと感じるのなら。きっと日本に帰って暫くしたら飲まなくなるだろう。

カフェを出て暫くマレコンと言われる海沿いを歩きながら彼女が言った。
「私、とても嬉しいんです。私、生きてるって感じがしています」

「あのさ、今までで、子供の時からとかで、何番目位?」

「今が一番です!私、生きてるって感じています!」

「マジ?」

「それに、私、キューバに来る前より強くなったと思います」

そういえば、彼女はコッペリアと言うアイスクリーム屋に行きたいと言っていた。
いつも炎天下の中多くのキューバ人が長い列を作っている。正直、特別美味しい訳でもないが、これは娯楽の少ないキューバの人たちにとって楽しみなのだと思う。

「コッペリア行ってみよっか。天気悪いからさ、あまり並んでないかもだよ」
天気が悪いから、暑さも無く、私たちはキューバ人用の列に20分ほど並んだ。

アイスクリームを食べ終えた頃、雨が激しく降り始めた。
「こんな雨、日本では見たことないです。滝みたいになってる。なんだか雨も楽しめますね」

途中で、キューバ人の男性が私たちのテーブルに勝手に相席した。

3皿のアイスクリームを平らげた。
店員がお皿を下げると溶けたアイスクリームがテーブルに広がっていた。

「あらま。あれどう思う?あっちのテーブルも、そっちも、みんなよくこぼしてるよね」
「・・・・」
「あんたこぼしてないよね。きれいに食べてるよね」

「あたし、あなたはちゃんと育てられた子だって言ったよね。私たちは、親がちゃんとエチケットやマナーを躾けてくれたんだよ。ああいうのって見て汚いから不快でしょ。他人がそういう気持ちにならないように、私たちは厳しくやられたんだと思う。それが窮屈だったり、型にはめられたり。でも奔放とか型が無いってこういう事でもあると思うの。どっちがいいとは言えないし、もちろん、キューバだからじゃなく、日本でもあると思う。私はこの国に来て、自分の両親、特に父が厳しくて責任感も強かった。父親にとても感謝した。あんたはきれいに食べるし約束も守るし、ちゃんと育てられた子だよ。世界は広いからね。私たちの当たり前が当たり前じゃないんだよ。厳しかったり、きつかったかもしれない、色々あるかもしれないけど、恥ずかしくないように親なりに一生懸命育ててくれたんだと思うよ。」

彼女は、私の事を責任感があって信頼できると言ってくれた。自分以上に「私」に真剣に向き合ってくれるとも。
でも、私の責任は旅の準備と旅が終わるまで、もしくはプログラムをやっている12週間。私を信頼してお金を払って心を開こうとしてくれる人を私なりに真摯に向かい合いたいと思ってる。そう、私の責任はたったの12週間。でも私たちを育ててくれた親たちの多くはその子が成人するまで、もしくは親が生きている限り、責任を持とうとしたり責任を果たそうとしたりもする。もちろんそうできない人たちもいる。長い時間だから、バランスが悪くなったり、間違ってしまう事もあるかもしれない。それでも、命を与えてくれて、衣食住を与えてくれて、私たちを育て、私たちは自分の命と体を使って「自分の選択」で色んな経験が出来る。

Day4:
朝、宿に彼女を迎えに行き、私の家に荷物を運んだ。
今日からバラデロに行く。
バラデロはキューバのリゾート地。

バラデロへはキューバ人の乗り合いタクシーに乗る事にした。
バス乗り場で乗り合いタクシーに乗る。
古いアメリカンクラシックカーの前の座席に私たちは座った。私たちはこれから3時間近く、エアコンの無いこの車で湿った風とエンジンの音に包まれる。
クラシックカーの乗り合いタクシー

クラシックカーの乗り合いタクシー



後ろの座席にはキューバ人が3人。バラデロの手前のマタンサまで行く。

バラデロに向かう海岸線の海はとても青く、ところどころエメラルドグリーンに輝く。エアコンの無いクラシックカーの窓からの湿った風が髪の毛を乱し、その風の音で話し声もあまり聞こえない。私たちは大きな声で叫ぶように話す。

車内から

車内から



途中運転手がランチを食べるからと休憩。
彼はサンドイッチと缶のソーダを買い車に乗った。
ここで休憩

ここで休憩


缶ソーダを飲み終わった彼は窓から缶を捨てた。

「え?」
「そう、窓から捨てたの」
「衝撃」
「でもさ、昔は日本もそういうのあったんだよ。「終わってるっ」って思うかもしれないけど、多分まだ始まってないんだよ。でもさ、彼ら本当に親切でしょ。悪気はないんだよ。」

ハバナを出て約2時間半でバラデロのバスターミナルに到着した。
翌々日のバスを予約し、私たちはランチを食べタクシーでホテルに向かった。

ホテルのチェックインでトラブルが。
私のクレジットカードが効かない。

「ネットでの予約でこのカードで登録したのよ。だからこのカードが効かないという事はおかしいわ。」
「銀行に行ってキャッシングしてきて現金で払えばいいわ」
「このカードは海外でのショッピングは出来るけどキャッシングは出来ないの」

とりあえず、現金をかき集め、その日の晩の宿泊費を払い、私は、翌日の朝にハバナにお金を取りに帰る事にした。が、往復で50ドルかかる。一日無駄にする上にかなりハード。何かいい案は無いか。考えるが、ネットも上手くつながらない。

ホテルは英語が通じる。だからフロントでごねる。

「マネージャーと話が出来るかしら?だって、このカードで予約をして、このカードで払えないっておかしいじゃない。それはシステムの問題でしょ。それに、7日以内のキャンセルは100%のキャンセル料がかかるって書いてるけど、どうやって払うの?」

数人目にごねた時、

「明日の朝、キャンセルしてもキャンセル料はかからないよ。」
「えええ?」
「ほかの国のチェーン店には適応されるけどここはキューバだからね。」

次はバスのキャンセル。タクシーを拾いバスターミナルへ。
少額の手数料で無事キャンセルが出来、ホテルに帰ってきたころには汗ダク。

「汗流しにプールか海に行こうよ」
「え?汗を流すのに海に行くの?」
「そうよ。暑いじゃない。水に入るの!」

私たちは、ビーチに向かった。
途中、生ごみが臭い。

残念なことに、ビーチではビーチバレーの国際大会が開かれていた。砂浜にはビーチバレー用のコートが作られ、大きな音で音楽が鳴る。全く以てくつろげない。それでも海の水は澄んでいて、彼女は喜んでくれた。

夜の散歩

夜の散歩



部屋に帰ってきて、
「ねぇ、オイルのセッションするって言ってたけど、今、以前とは全くエネルギーが違って前向きになってるよね。セッションして今ネガティブな物を引き出すかもだし、どうかな、って思って。」

夜、食事をすませ、
ビュッフェ

ビュッフェ



彼女は散歩に行った。
彼女が散歩から帰ってくると、私は寝落ちしていた。


それからしばらくして、私は突然がさっと起き上がり、「やっぱ、セッションやろっか」と言った。眠ると頭が俄然すっきりした。セッションをするに当たって、私が疲れていたら始まらない。頭の中にスペースが出来る、そんな感じ。そのスペースで色んな事を処理するの。

突然起き上がってセッションをやろうと言う私に、意表を突かれた彼女は笑った。

手にリバランスを取り、足の裏に手を当てて、彼女のエネルギーや思考、思考の癖を読む。その後、ローズとフランキンセンスとキャリアオイルを手のひらに落とし、肩と首に塗った。そのまま首元に手を当てた。何で首元なのか、その時そう感じたから。彼女のかわいらしい所、子供っぽい所、ちょっとへんちくりんなとこ、ご主人の様子。それを読み解いていく。言葉に落として、彼女に伝えていく。彼女は言い当てられた様で驚くが、私自身は何でそんな事が解るのか解らない。

力を入れて生きていた彼女は、自然なそのままの自分、ちょっとへんちくりんな自分自身を受け入れ力が抜けて行った。

「やっぱさぁ。ワタシさ~、すごいわ~。セッションたまにはいいね~」←松山千春っぽいな、と、自分が恥ずかしくもおかしい。が、うっかりやっちまうっ。

「Seinaさん、スピ嫌いだ、とかいいながら、バリバリスピですよ~(笑)」
「でもさ、私、前世がどうとか、天使がどうとか、言わないでしょ~。感情の事はもっと現実的で本人がよくよく考えたら解る、理解できる事でしょ」

Day5:
私たちはチェックアウトの12時までゴロゴロしたり、散歩したり、それぞれ気ままに過ごした。私は彼女のご家族にお土産を探したが、キューバは本当に欲しくなる物が無かった。彼女もキューバの滞在中に欲しくなる物が何も無かったから買わなかったらしい。

昼食を食べてからバスターミナルへ向かった。キューバ人の男性に乗り合いのタクシーに乗りたいと言った。私たちはバスターミナルの前に座り乗り合いタクシーを待った。暫くするとさっきの男性が「ちょっと高いけど、一人25ドルで、二人だけでどうか。すぐに出発できるよ」と伝えて来た。エアコンの付いた黄色いタクシーだった。私たちはすぐその話に乗った。タクシーに乗って運転手と話をしていると彼はハバナから外国人を乗せてバラデロに来て、その帰りに空車で帰るより、という事だった。

中国製のその車は静かで乗り心地が良かった。彼女も50年代のクラシックカーにはもう気が済んだようだった。暫くすると文明の利器や経済の恩恵がもたらす快適さの中で彼女は眠りに落ちていた。

Day6:
翌日彼女は慣れない環境の中での疲れか、彼女の中での調整が起こっているのか、体調を崩したようだった。私は外出をし、彼女は私の家で最後の日を一人でゆっくり過ごした。

その夜も彼女は早めに眠りに落ちた。

最終日:
フライトは朝8時。
5時にタクシーが迎えに来た。

空港のチェックインカウンターから時々私を見る彼女の笑顔と身体からはエネルギーが溢れていた。
頭でっかちで理屈ばかりをこねる彼女はもういなかった。
その代わりに、日本や家族、ご主人への感謝と彼女の中の「自分」が見えた。暑くて重たい着ぐるみを脱ぎ捨てたような。

イミグレーションを抜ける彼女の気持ちはもう「日本」と「家族」に向かっていた。
イミグレーションの列で

イミグレーションの列で


出国審査を抜けると、見えなくなるまで彼女は何度も何度も笑顔で手を振った。
そして最後に深くお辞儀をした。

彼女と過ごした1週間は私にとってもとてもいい経験だった。
彼女を送った後の空港

彼女を送った後の空港



また今回のような仕事をやりたいとも思ったが、キューバくんだりまで来たいと思って実際に「行動」に移せる人はそんなにいない気がする。それに、私はそろそろキューバに気が済んできたようだ。

彼女の言葉を借りるなら、
キューバでの「研究」が終わったら・・・
一旦、母国に帰りたい。
かな。

=====


ひもじさに耐えかねて一気に食いまくる白石(Yさん撮影)[ca

ひもじさに耐えかねて一気に食いまくる白石(Yさん撮影)[ca

☆アロマシールド製品はこちらから☆


月1回の気まぐれなメルマガ
☆登録してね☆





アーカイブ

サイト内を検索