歴史を覚えている事って供養なのかも・・・と | CRYSTALLIZE | クリスタライズ

歴史を覚えている事って供養なのかも・・・と

歴史を覚えている事って供養なのかも・・・と

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★エッセイ


最近、あまり、スピリチュアルな事書かない、よ。な、私。
でも、暮らしていると、スピリチュアルな事は見えないけど当り前に色々あると思う。

私は、第二次世界大戦時の連合軍捕虜のメモリアルを作りたい、って、言ってる。
WE REMEMBER YOU 戦争捕虜として門司の港に降り 家族のもとに帰れなかった命へ私達はあなた達の命をおぼえています

なんでこんな事になっちゃったのか、人との出会いやご縁で、自分の生まれ育った町が捕虜の事ではとても重要なカギになるところだった。
でも、地元では殆ど誰も知らない歴史なんだ。
私のプロジェクト、地元では殆ど相手にされてないw。
だけど、一部の日本人、外国人にはとても期待されてたりする。

捕虜の事をきっかけに、私はあの戦争のいろんな事を知ってきてる。
東南アジアの独立の歴史や、あの時代のいろんな立場の人の物語。
知れば知るほど、何が正しくて、何が間違っていて、誰が悪くて、誰が正しい、という事が解らなくなる。
多分、そういう観点で物事を見ると偏りが出来て何もできなくなる気がする。

今、「連合軍捕虜の墓碑銘」笹本妙子さんという方が書いた横浜にある英連邦戦死者の墓地をきっかけに当時の連合軍捕虜の事をリサーチした本を読んでる。

捕虜の事は敗戦後資料を一気に処分したのか解らない事が多かったらしい。
日本で亡くなった多くの捕虜が栄養失調と何らかの病気が合わさって死んでる。写真を見ると、本当にガリガリだったりする。
笹本さんと、田村佳子さんに先日横浜でお会いして墓地を案内して頂いた。
遺族や国も把握してなかった一人ひとり事や捕虜収容所の事をリサーチをしたらしい。墓標の前でその人の物語を語ってくれる。

お二人の話を聞きながら、彼らの命や死を誰かが覚えているというのが私の心をなんだか穏やかにしてくれた。


本を読みながら、彼らが非常に空腹の中にいたんだな・・・とか、考えてた。
そういえば、日本人は敗戦後、ソ連に連行されて捕虜として極寒の中で強制労働されていたらしい。
俗に、シベリア抑留とか言うらしい。

調べてみた。
厚生省にこんなリストがあった。旧ソ連邦及びモンゴル抑留中死亡者名簿
すごい数の人が戦後ソ連によって強制労働をさせられ命を落としている。

お友達のおじいちゃんがシベリア抑留で亡くなったらしいから、リストの事を知らせた。
彼女のおじいちゃんは、遺族会の人たちもシベリアでも色々探してくれたらしいんだけど名前はなかったらしいの。

そっか、見つからない人もいるんだよ。

彼女が、メッセージをくれた。

「Seinaさんのアンテナに
じいちゃん、すごく喜んでると思います。
ありがとうございます!
私の聞いた話しだと、まさしく栄養失調。プラス寒さ。
8月に戦争は終わったのに、じいちゃんが亡くなったのは12月なんです。
じいちゃんみたいな人、たくさんいると思います。」

彼女のおじいちゃんは、一瞬だけど、私の中に生きた。

知らなかったな。いろんな事。
でも、その歴史を知っている、彼らの命と、苦しかった歴史を、私たちが知っている。だけでも、とても大事な供養になる気がした。

歴史に生き方や名前が残る人たちは、
今も、私たちは彼らの事を覚えてる。
彼らは私たちの中で生きてる。

でも、歴史に残らなかった人たちは多くの人の中でも死んでしまう。

そんな事をずっと考えてたら、
今日は一日何もできなかったよ。w

私はたまたま何かの縁で、連合軍捕虜の事をやってる。
戦争はたくさんの命がなくなり、たくさんの物語があり、たくさんの舞台があり、たくさんの側面がある。

痛みのない私には彼らの痛みは解らない。
けど、その歴史をときどき思い出す。って、大切な事なのかもと。


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