他人への依存

他人への依存

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エッセイ 感情解放


この仕事をしていて、時々、依存の傾向が強い人に気付く。
私も元々はそうだったかもしれない。

父が全ての権限を持ち、父に逆らう事は許されなかった。
自分の考えを優先する事は、「わがまま」として躾けられた。
私は人の顔色を見るようになり、父が怒る事が怖かったからか、自分より力を持っている人や周りが怖かった。
自分の考えをよく否定されていた為、自分の考えを言う事は出来なかった。
周りを考え、周りに合わせようとし、周りの価値観に合わせようとした。
でもどうしても周りに上手く合わせられない自分は、不器用なおバカさんだったと思う。
そして、自分の立場を悪くし、よく泣いていた。

全くよく解らないから、色んな人に相談もした。
人はいろんな事をいう。
その人の考えや意見に従うと、可愛がってくれる人もいた。

でも、時々、人に「君はどうしたいんだ?」と、聞かれると、答える事が出来なかった。

私は、私が無く、流されるように生きてきた。
否定される事が怖かった。
必死で他人の価値観に、合わせようとした。

孤立したり、嫌われないように、ずるく振る舞う事もあった。
家族の中で自分の考えや、正当性を訴えても聞き入れられない事が多かったので、自分が被害者というか、傷つく事で、自分の辛さをアピールする方法を身に付けた。被害者になる事によって、攻撃される事は少なく、時々、可哀そうな立場として庇護される事もあった。同情を買うというか。今思うと、とてもずるいやり方だと思う。

私がそんな人だったなんで信じられないかもしれない。
でも、そうだったし、私は、人に依存して生きていた。

誰かに答えを出して貰う事を求めていた。
誰かが、自分の考えより優れている答えをくれると信じていた。
誰かに認められる事を求めてた。
不器用だけどいい子だと言われるように生きていた。

今の私は、この仕事をしながら、依存の傾向が強い人には、スパッと線を引く。
依存の強い人は、私に何か納得のいかない事、解ってもらえない事、私の事で解らない事があると、すっと、別の誰かの所に行く。その人の期待に添えないと、逆切れされたり、裏切られたと思われる事もよくある。それを何度も見てきたし、昔の私はそれを何度もした。
ベクトルを、自分に戻し、自分で責任を取る事に気付いて貰いたいと思いながら。自分に軸を置かないと、今までのパターンから抜け出す事は出来ない。軸、なんだから、軸を変えないと、変わらない。

信頼をするとき、
依存傾向のある人と、自分で考え自分で責任を持つ人には大きが違いがあると思う。

依存系の人の信頼は、期待感や乗りかかる感がある。
自分で責任を持つ人の信頼には、信頼感と距離感がある。

依存の傾向を変えることには時間がかかるとも思う。
私が冷たく感じる事もあると思う。
それでも、自分の魂を信じて、自分の心に耳を傾け、時間をかけて、細胞や思考を掃除しながら、心のベクトルの方向を、自分の心に取り戻してほしいと思う。

私は他人の為に答えを出す事はしない。
自分で答えを出す事に慣れてない人は、きついかもしれない。それでも、自分を信じ、自分で答えを出して、自分で選択し、自分で責任を取る事を覚えて欲しいと思う。

それが出来るようになった時、他人に依存する傾向が減ってしまっている事に気付くと思う。

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