自由について考えてみた。

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CRYSTALLIZE
エッセイ



今朝は早起き(*´゚∀゚`)ノ
フェイスブックのニュースフィードには「Happy 4th of July!!」と、アメリカの独立記念日を祝う言葉が並ぶ。時差があるからね。

先日は、福岡のアメリカ領事館での独立記念日のお祝いでの、日米国歌独唱、無事に、歌いました。去年、日米国歌のお話を頂いた時、君が代を歌う事をいったん断りました。日本人なのに、アメリカの国歌はお受けするけど、自国の国歌を歌いたくないと。アメリカ人には、意味が解らなかったと思います。私も、その意味が解っていませんでした。でも、日本人として、アメリカの国歌は歌うのに、日本の国歌を歌わない、というのは、あまりにもおかしい。とも思って、日本人として、「君が代」を歌う事を受け止めました。それから、一年、日本に関わる近代史や日本人の精神、心理などをみつめて、私の、「現代の日本人」としての自分のアイデンティティの探求が始まりました。
歴史を知ることで、私は、この一年で、とても、変わったと思う。

ここんとこ、ある事がきっかけで、ずっと考えてた。
感情解放の事で、自由や民主主義について。

感情解放を仕事としていると、他人を深く洞察し、その人たちの過去の人生を垣間見させてもらう事で、自分以外の人の、生き方、考え方、物事の感じ方、身に付いた思考パターン、を深く考える。その中で、色んな事を感じ、色んな事に気付き、またジレンマもある。

で、自由や民主主義ね。

太平洋戦争(大東亜戦争)が終わり、日本はアメリカによる占領政策が始まった。
その時に、憲法が改正され、日本は民主主義に急激に向かわされる。

日本国憲法は、結果としてアメリカがつくったものだけど、元々は、アメリカは、日本側に草案を作るように言っていた。
出された草案は、明治時代の憲法とあまり変わらないもので、アメリカ側が思う、民主主義が十分に盛り込まれていなかった。再度、アメリカは、日本に草案の提出を求めたけど、やはり明治の憲法とあまり変わらず、GHQ(占領軍・連合国軍最高司令官総司令部)が日本国憲法を作る事になったらしい。

その時に、白洲次郎って言う人が松本烝治国務大臣の意を受けてGHQの民政局局長だったコートニー・ホイットニーにJEEP WAY LETTERというお手紙、書簡かな、を、送るの。

手紙の下の図は、民主主義にどの様な方法を取るか、で、Your Wayというのがアメリカが日本に行おうとしている方法で、一気に飛ぼうという事。Their WayというのがJEEP WAYで、日本人は、時間をかけてJEEPで走る様なデコボコ道を通り、民主主義へ向かう事が必要だという事を伝えるんだけど、結局はJEEP WAYではなく、アメリカの飛行機で一気に飛ぶ形をアメリカは推し進めるのね。
jeepwayletter

突然与えられた民主主義。女性には人権が与えられた。
またあの時代に、一気に、過去の価値観等を強制的に変えて行く動きが、多分GHQ側でも行われたと思うの。

180度までとは言わなくても、120度位の、大きな転換というか。

CRYSTALLIZEのお客様の多くが、30代~50代の女性。
この、大きな変換の時代に色々感じ、受けた、人たちが、親世代だったりする。
私も、その時代の人達に育てられ、教育を受けてきた。

戦後の貧困や混乱の中、与えられた民主主義や自由により、両極端に、大きく、価値観が揺れ動き、大人たち自体が、何かを失った、もしくは、新しい価値観を受け入れようとして、ある人は自由を得たかもしれない。元々日本人が持っていた、個を持たない集団的な考えは、あの時代を抜け、復興して行けた元々の日本人が持っていた一つのいい面、傾向でもあったと思う。突然与えられた民主主義によって、人や、民衆、は突然変われない。それは、いい意味でも、悪い意味でも、私たちの親の考えや子育て、周りの社会、学校、集団生活、に残っていたと思う。

私は子供の頃に、学校や幼稚園で、「周りの人を見なさい、あなたが、周りとどう違うか気付きなさい」と、よく怒られた。それは、あなたは、周りの人と違うから、周りに合わせなさい。という意味だった。家庭内で自分の考えをいう事は、よいこととされなかった。父親が法律だった。学校でも、家でも、そこの法に従えないと、罰を与えられた。殴られるなんて当たり前だった。怒られたくないし、殴られたくないので、私もその常識の中で、不器用ながらも、どうにかその枠や法に従えるように育ってきたと思う。だけど、その一方で、私たちには、自由もあった。でも、自由の意味や、自由の使い方を教えてくれる大人はいなかったと思う。

①統制をされ、自己を殺し、和を重んじ、厳しく育てられ、自分を律し、生きる事がいいのか。
②自分や他者の違いや自由を尊重し、自分で考え自分で責任をとれるように育てられ、生きるのがいいのか。

実は私はどっちでもいいと思ってる。
①には①の、魅力や利点があり、②には②の魅力や利点があると思う。
問題は、どっちつかずで、振り回されてしまった時に起こるのでは?
人間に、価値観や環境を選択肢が無く、与えられたものしかなく、もし①しかなかったら、①で生きるしかない。
でも、私たちには、②もあるし、もっとほかにもあるのだと思う。
すでに、選択をして、その選択に自分が責任をとれないと、自分を見失ってしまうというか。
①にも、②にも、いい面と悪い面があるとおもう。それをどう受け止め、自らに指針を持って生きる事が大事な気がするの。

一気に民主主義に飛ぶ急激な変化の型紙を与えられ、両極端な価値観が混合した時代を経て、それは私たちの心に影響を与えている気がするの。では、JEEP WAY を取っていたら、よかったのか?というと、そうでもなく、それはそれで問題はあったとも思う。

アメリカの歴史が立派なものか、と言えば、そうとは言えないかもしれない。でも、ま、多くの国が、物事を見る角度を変えると、そんなもんだとも思う。でも、国が出来るに当たって、「独立」の為に、戦い、勝ち取った。実は多くの国が、自由や独立を得る為に、戦った歴史があったりする。
私たち日本人は、独立や自由を勝ち取ったのではなく、負けた事によって、民主主義や自由を与えられた。それが良かったのか、悪かったのか。それも、よく解らない。負けた事によって与えられた自由や民主主義でそれまで積み重ねた価値観が崩壊した人もいるかもしれない。

去年、アメリカの国歌を歌う際に、アメリカの歴史を勉強した。その中で、ルーツという、ドラマを見たの。
南北戦争で、南は負けて、奴隷解放が起こる。

だけど、アメリカで、奴隷として生まれた育った黒人たちの多くは、それまで管理されて生きてきて、自由になる事により、生きる方法が解らず、元々奴隷として使われていた主の所に行って、安い賃金で雇ってもらいに行ったりしてた。それから約100年後に今度は黒人たちが戦争ではないが、公民権運動を起こし、戦い、人権を勝ち取った。それから50年位かな、黒人が大統領になった。まだまだ、人種の件に関しては、解決されない事も多々あるみたいだけど、南北戦争の後で与えられた自由から150年位。あと50年すれば、また今とは違うアメリカがある気がする。

アメリカの国歌は、独立戦争が背景の歌で、自由を勝ち取った、という誇りがあったりする。

与えられる、という事は、自分たちが本当に求めたものではないのかもしれない。
自分で本当に求めないと、自由も、民主主義も、古い価値観との間で翻弄して都合のよい物になったり、かえって不自由を与える気もする。

私の行う感情解放は、心の自由を得るための作業かもしれない。
それは、与えられても、意味が無いと思う。自分が自分から勝ち取り、自由と一緒に責任もついてくる。

選択肢が無ければ、悩みは少ないと思う。
太平洋戦争前後の時代には、私たちのアイデンティティや感情解放のカギが沢山あると思う。
これからは色んな情報や商品もあり、もっともっと選択肢が多くなる時代だとも思う。
その事によって自由になるのか、不自由になるのか。外部の多くの情報に振り回されて、自分を見失うのか。

どういういう生き方を選択するかも、その人次第で、その選択は今の日本では自由だと思う。
日本とアメリカ、どちらがいいとは、言えないし、どっちもいい面と悪い面あるんだと思う。
で、あの戦後の時代、両極端な価値観が入ってきて、国として急激な変化を求められた為に、時間がかかって起こったずれや弊害みたいなのが、今の私たちの世代の多くの人にある気もするの。

選択肢が増え、自由になることは、厳しさと責任が解ってこそその利点を享受できるのかもしれない。
とか、思った。
アメリカ合衆国の独立記念日なり。

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