昨日、久々に、前の旦那から連絡があり色々しゃべってた。
彼は、いい人だと思う。喧嘩もよくしたけど、結構何でも、いいよ、いいよ、と、受け入れてくれてた。
信仰・宗教・精神世界の疑問と自分の探求?の為にインド放浪中に出会ったでしょ。だから輪廻転生とかそういう事を彼と話す事はよくあった。でもそれは彼にとってはそれまでの生き方や考え方に全く無かったものだったの。すごい喧嘩をしたというか、攻撃的になったというか。でも、それは、護る為なんだと思う。私は思うんだけど、「護る」と言う事はある種の戦いだと思うの。本人は護っているだけだけど、攻撃が始まってる。だからぶつかり合って、否定されたし、責められたし、あん時は結構泣いたわ(笑)

離婚する時に「せいちゃんは、パラダイムシフトだったよ。ありがとう」と言われた。

人は、今までの価値観や常識が覆されそうになる時、自分の中のバランスを崩す。護ろうとする。何が原因でそうなっているのか、気付いていないと周りの人をも傷つける。一旦壊れるから、周りの人達も困るし、理解できないだろうし。そして何よりも自分が壊れそうで怖くなったり。

創造の前には破壊がある。

今思えば、インドに行った後、日本とニューヨークしか知らなかった私の自分の中の既成概念が壊れちゃったみたいで、バランスを崩した。今まで自分が見てきた世界はなんだったんだろう?何を知ったつもりでいたんだろう?と。整理がつくのに何年もかかった。

感情の仕事をしながら、解ったつもりでいると、いつも壊れる。それぞれの人生や経験は私の中にあるパターンで片付かない。解ったつもりでいると頭を後ろから殴られたみたいなショックを覚える時もあるし、理解できなくても何とか理解しないと、仕事だし、と思って無理した事もあったと思う。でも、今は「解らないんだど、もしかしてこう?」と言う風に感じる事を素直に伝えたりする。その人の痛みはその人にしか解らない。解ったふりほど失礼なことは無い。

今の私しか知らない人は、頑なだった私の事は知らないかも。
私も自分を護る為に必死だった人で、何度も、何度も、壊れた。
その多くの機会はお客様に頂いたのかもしれない。

そして、今もまだまだ頑な部分もあると思うな。

他人を変える事は出来ないと思う。変わるのは自分。
怒りが起こる時、何かに対して反発が起こる時、自分が壊れて何かを見つけるチャンスかもしれません。


2000年インドの旅。
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プーナのココナッツ屋台の少年。
何でこんな夜に働いてるの?

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何かをもらいたいのか?
連日しつこいほどにいつも私を追っかけてくる少女。

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ムンバイにて、可愛いワタシ(^o^)丿

インドの事は、また何かの機会に書けるといいな。気が向いて乗ったら書くわね(笑)