日本人って、おおらかじゃない、かも。

日本人って、おおらかじゃない、かも。

CRYSTALLIZE
エッセイ サルサで感情解放

昨日、久々にミクシィに日記をアップしたの。
時々やるの、こっそりね。


音楽って大きな音で聴くものだと思ってた。子供の頃は家にピアノがあって、いつも音がバンバン漏れてた。もちろん、防音室なんてなかった。近所から苦情もあった気がする。レコードとかもガンガン音だしてた。家が震える位とか。カーステレオとかもガンガン。

ニューヨークでは大家がニコニコ笑顔で、「しょうこの歌声とピアノが聞こえるわ」と。

結婚してた時、旦那が、いつも音を小さくした。車ですら。ネットを見たらピアノの音の問題が色々書かれてた。ピアノを買う時近所に挨拶に回った。多くの人は防音室を持っているらしかった。これが日本では常識だと理解した。

日本は静かな国だと思う。電車の中も車の中も。周りを気にして、周りに気遣って。大きな音で音楽を聴くのは、ヘッドホンだけ。時々誰かの素晴らしい音響システムで防音された所で音楽を聴かせてもらった。でも私はその繊細なかしこまった音より生活の空気の音が好き。


耳と頭じゃなくて、細胞にも響かせたい。小さな音じゃ感じられないよね。踊る時に頭でリズムを感じるんじゃ無くて、細胞で感じたい。ミュージシャンのエネルギーを細胞で感じたい。ビジネス的に作られたエネルギーすらも。

キューバは色んな家から音楽がガンガン聞こえてた。私が病で寝込んでいる時、宿の娘のクラリネットの音が聞こえてた。

暮らしの中に音楽があった。
音楽が自由だった。

ハバナの街はボロで、モノが少なく、ネオンも無く。生活と音楽と風があって、シンプルだった。娯楽が無いのか、お金も無いのか、海辺に人が集まる。道で誰かを捕まえて踊ってても、暖かく受け止められる。

無駄なモノや情報に溢れた暮らしに飽きた私は、今とても退屈してる。息苦しさを感じてる。

子供の頃に、生活の中でご飯の次に大事なモノは音楽だと思ってた。音楽の何も知らずに、周りをきにせず音楽を楽しんでた頃の感覚を忘れてたのに思い出してしまった。

とっても退屈である。

とっても、とっても、退屈である。死にそうに退屈である。


この日記を読んだCちゃんが、

Cちゃん:「こないだ、キューバに嫁いだ日本人のテレビ番組を観てたら、しょっちゅう音楽が大音量でかかっていて道で人が踊ってた。日本人妻は、こちらでは、これが普通だと言ってた。日本では考えられないもんなー。」と。

私:「日本人て、音に対しておおらかじゃないよね。だから音を楽しむ国民じゃないかもね。」
C:「おおらかじゃない!何事にもおおらかじゃない私が言うのもなんだけど(笑)」
私:「親切でイイ人、真面目な人多いけど、おおらかじゃないのかもね。日本人。日本にいたらおおらかじゃ無くなりやすいかもね」

そんなやり取りがあって、もしかして、日本人ておおらかな国民性ではないのかも。と。おおらかになりにくい背景や環境があるのかしら。

そういえば、日本は、A型が多いらしい。キューバはO型が多いらしい。
本当だろうか?本当な気がする。
キューバで友達になった人達の数人に血液型を聞いたら、みんなO型だった。あの国の人たちと接していると、本当な気がする。



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