私にとっての友達と、友達の出来方。

私にとっての友達と、友達の出来方。

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エッセイ



「どうしたら、Seinaさんの様に誰とでも友達になれますか?」と、何度か聞かれた事がある。
この前は、「Seinaさんにとって友達ってなんですか?」って。

「私、友達作ろうとか思わないの。仲良くなろうとか思わないの。それって、タイミングと結果だと思う。」そんな風に答えたと思う。

きっかけがあって、タイミングかな。
きっかけは、仕事場だったり、学校だったり、音楽だったり、ミクシィだったり、フェイスブックだったり。で、何かのきっかけとタイミングで、親しくなる。共通の価値観とか、不満とか、環境とか、観点とか、経験とか、志向とか、趣味とか。たまたま帰る方向が一緒とか。

でも、ここからが、友達になる本番。

人って、殆ど必ず、嫌なとことか、共感できない部分とか、価値観の相違とか、腹が立つ所とかある。

私、結構喧嘩するんだよね。感情的で大人げないとか、言う人もいるけど、結構正直にぶつかり合う。互いに、不完全な人間性な訳よ。完璧な人なんていないからね。で、多くの場合は、ぶつからずに離れて行く、もしくは、ぶつかって離れてしまう。でも、何もなかったように仲直りする人達が居るの。でも、ぶつかり合った事柄に関しては結論も出ない。どっちが正しいとか、間違ってるとか、どうでもいい。ただ、その人が心の中にあって、好きか。価値観もずれて行き、共通の話題が無くなっても、心の中から外す事ができない。何の因果か、縁が切れない。


それと、人にはいい時期と悪い時期、共感、共有できない時期ってあると思う。そういう時って、本来のその人なのか、意図しないその人なのか、自分勝手で辛辣な時もあったりする。私にもそういう時期が多々あった。そういう時に、距離を持って見守ってくれた人達、黙って支えてくれた人達、

そういう人が私の友達だったりする。
多分、親友なのかもしれない。
ジャイアン風に言うと、心の友、かな。

彼女たちには、殆どの場合、横つながりはないの。

私と彼女(彼)。
それ以外に、繋がりはないの。

もし、周りにつながりがあったとしても、互いだけにしかない、独自の関係を持っている気がする。他人がいう、「○○さんは、こんな人だから」とか言うのは当てはまらない。その関係は他の人達には理解はできないと思う。特に私の事は理解されにくいからね。「なんで昌子ちゃんと?」的、発言は、小耳にはさんだりする。

根底にあるのは、何の因果か?の因果と、心の中にその人が何らかの形で半永久的に住みついたか。その人がどんな人であっても、共通の話題も無くなり、自分にとって嫌な部分も知ってても、唯好きか。

そういう心の友?達の多くはフェイスブックやってないし、写真もアップされない。私の場合、多分、仲良しチックな写真がアップされている人達は、その時のきっかけやタイミングが合っている人達。たまたま人生でその時期、その時に居合わせた人達なのかもしれない。これからどんな関係になるかは、解らないよね。私はあまり仲良しチック写真はアップしないかもだね。

日本とか、世界とか、距離的にいろんな所に住んだりした私にとって、距離は関係ない。距離的な別れはしょっちゅう起こる。出会って親しくなった事が奇跡というか、必然というか、因果かな。今はネットもあるしね。

やっぱ、因果な気がするw。

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