「空気を」読まない、読みます、読む、読む時、読めば、読め。

「空気を」読まない、読みます、読む、読む時、読めば、読め。

CRYSTALLIZE
エッセイ


先日、フェイスブックに、

「ちなみに、私は、空気が読めないんじゃなくて、
出来るだけ、意図的に、空気を読まないようにしている。んです。」

と書いたの。
私には私なりの理由があって、意図的に読まないように努力してる。←変な努力だよね。

私のように、変に、感情とかそのバックグランドとかが読める事があると、相手にとって、察されたくない事、その要因とか、本人すら気づいてない事が見えてしまう事がある。幽霊が見える人みたいな感じ。それって、互いにとってよくなかったりする。だから、意図的にシャットアウトして、空気やエネルギーを読まないようにする。

で、そんな事してたら、「空気読めない奴」「自分勝手な奴」というレッテルも貼ってもらえて、孤立もするし、困った奴扱いや、バカ扱いもされる。

そうなんです。日本で空気を読めない奴は、バカ扱いをされる。場合がよくある。

私の考えだけど、
日本は、大きな意味で、単一民族国家。
鎖国したり、侵略を阻止したり、で、他国の文化や宗教や民族が、比較的入りにくかったんだと思う。だから、共通の価値観のようなものがある。

例えば、アメリカだったら、移民の国で、色んな国の人がいる。ニューヨークは大きなサラダボールと言われて、素材がメルトしない。溶け合わないで、そのままの素材のままなのね。そうなると、バックグランドの文化も、宗教も、常識も違う。そういう場所では共通の価値観や常識が育ちにくいと思うの。

そうなると、余程色んな宗教や、お国柄に精通してないと、解らない事だらけ。私もニューヨークに行ったころ、「なんで、この人たちは、言わなきゃ解らないの!!!」と、よく腹を立てた。相手の事情を知らないと、自分の常識や価値観のフィルターで見てしまい、勝手に一人で怒ってしまう。というか。

でも、日本では、「言わなくては解らない人」「言っても解らない人」は、使えない奴とか、バカな奴、という風に取られる場合も無きにしも非ず。

で、「空気を読む」という事は、日本という特殊な国だから育った、育ちやすかった事なのかもとか、思う。

で、空気を読んで、同調している間に、自分が解らなくなる人や、うっかり共鳴をして自分が解らなくなる、という人もいると思う。

で、ここで、大事なことは、他者と、自分とのボーダーラインを持つ事だと思うの。
で、その時に、相手は自分と違う、と言う事を知り、違う事を尊重するというか。
で、その前に、大事なことは、自分はみんなと違うんだ、という事を知って、受け入れて、その自分を尊重して、自尊心を持つ事。なんじゃないかな。とか、思う。

日本で、空気を

◆読まない→孤立したり、バカ扱いされたりされる可能性がある。

◆読みます→日本では当たり前。

◆読む→日本では当たり前。

◆読むとき→ちゃんと自分に軸を持って、冷静に読みましょう。慌てたり、焦ると自分が解らなくなる事があります。

◆読めば→きっとお友達できやすい。職場でも重宝がられるかも。

◆読め→結局、読んだ方が生きやすい。

この、空気を読むという事は、気遣いにもつながるので、とってもいい事だと思う。けど、価値観や常識は、時代とともに変わっていく部分もあるので、世代の違う人たちは、その人たちの価値観や常識を作ったバックグランドを知ることは大事だと思う。じゃなきゃ、空気の読み違いとか、結構起こると思うんだ。



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