キューバ便り⑰[家族の在り方と社会]

キューバ便り⑰[家族の在り方と社会]

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エッセイ キューバ


とっくに、キューバを出て、マイアミにいるんだけど、まだキューバでの事がいっぱい消化できてない。
ここの所、私は黙り込んで考えてた。

キューバで見た、[家族の在り方]が頭では理解できても、心がついて行かなかったの。
多くの人たちが、何度も結婚する。
そして、片親が違う兄弟が当り前に兄弟、姉妹、という事で成り立ってる。
当り前に、兄弟として、家族として成り立ってる。

でも、いくつかの家族に触れる中で、もしかしてその弊害かな、と思える歪を感じる事もあった。

それが当り前とされる社会の中で、それが原因で何らかの歪を心に作ってしまう。当り前だからそれが変だとは思わないのかもしれない。

例えば、日本だと、自分を抑えて他者に合せる。そうしているうちに、自分の本当の気持ちや嗜好までもが解らなくなる。そんな人たちを仕事を通してたくさん見てきた。よくよく考えたら、おかしいかも、なんだけど、そういう社会や価値観の中で育つとそれが当り前の事なので気づかない。

キューバで見た、片親が違う、何度も結婚をする。そういう人達。
それが結構当り前なんだ。
で、家族愛というのはしっかりある。

でもそれは日本じゃ当り前じゃない。まだ、ちょっと変な目で見られる。

何日も何日も考えた。
何が違うんだろう。。。

自分の家族を考えてみた。
私の家では「責任」というモノが愛より重要だったと思う。
お父さんが働き、家族を養い、「親の責任」を大事にする。

その責任を果たすために、日本の多くの父親は自分を殺して、会社や社会でがんばる。そんな人も少なくない。それはそれで出来る歪もある。

私はもともとは、かなりの怠け者で変わり者だと思う。
その私が、最低限の約束を守り、責任感を持って仕事をやれているのは、約束と責任に厳しかった父のお陰だと思う。子供の頃からかなり訓練されたと思う。お陰で10代~30代まで、変わり者ながらも責任感があったのでそれなりに社会で誰かに雇ってもらえて食べ繋いで来れたと思う。

で、ここの所考えてたことは、
ラテン系の人はどうして時間や約束にルーズな人が多いのだろうか。(みんながみんなじゃない)

もしかして、最小単位の一番身近な社会、「家族」の中で、そこを重要視できてなかったり、訓練されてないんじゃないか。。。と。

キューバでもどこでも、「日本の経済はすごい」とか、「日本人はよく働く」とか、言われる。でも、それだけじゃなく、経済成長できたのは約束を守り責任感があるか。という事なんじゃないかと。
この、約束や責任が果たせないという事は、そもそも、当てにならなくて、ビジネスをする事は難しい。実際キューバではその場ではいいが、前もって約束すると、何時間も待たされたり、来なかったり、約束守らなかったり。すると、この人とはもう約束は出来ない。時間の無駄である。もしくは、時間の無駄を計算して約束をするとか。。。それではビジネスはやりにくい。

とはいえ、キューバで感じたのは、やっぱり人が温かく、人懐っこく、色んな事を助けてくれる。家族のシステムの中に、そういう温かい愛や交流が当り前にあるのかもしれない。

日本の「責任」で出来た社会とは違う温かみは往々にある。

どちらがいいとか、悪いとかじゃなくて、そういう事がある程度理解できていると、自分が生きる際にどういう生き方や価値観を優先させるか、選択するか、というアイデアになるんだと思う。

あっちこっちに、子供作ってもそれはその人の勝手だが、昔から日本でいう「甲斐性」がちゃんと無ければ、無責任な親として、そういう親の姿を当たり前と思えば、その人もそういう人に育つのではないか。。。

ましてやキューバは社会主義で、資本主義の様な個人主義ではない。離婚しても生活はある程度国家の範疇にある。男の経済的な責任能力はそれ程問われないんじゃないか。。。とか。

とにかく、家族という一番身近な社会で私たちは将来生きて行く上の常識を身に付けたり、沢山の事を学ぶんだと思う。






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