7月4日は、私のアメリカからの独立記念日

7月4日は、私のアメリカからの独立記念日

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エッセイ



今日は、7月4日。
アメリカ合衆国の独立記念日。

花火の音が聞こえる。

日本と日本人が嫌いで、
日本人である事は恥だと思って、
アメリカに憧れて、アメリカを追っかけて生きた長い時間。


2012年。
アメリカ領事館の独立記念日での式典。
私は、日米を国歌を独唱させていただくお仕事を頂いた。

お話を頂いた時、私は日本の国歌を歌いたくないと、一旦お断りをしたの。
でも、日本人の私が、アメリカ政府の公式の式典で、自分の国の国歌を歌わないのはおかしいと思った。
私は、アメリカの国歌はしっかり練習し、日本の国歌をあまり練習せずに、本番に挑んだ。

私は中高と私立に行ったので、国歌を歌うのは小学生のころ以来だったの。

歌った動画を見て、日本と日本人が嫌いだった自分が骨の髄まで日本人だと思い知らされた。



どうして、日本の国歌を歌いたくなかったのか。
公立学校の式典などで国歌を歌う際に立つとか立たないとか、歌うとかうたわないとか。そんな事がいつもニュースになっていた事もあり、日本は戦時中にかなり悪い事をしてきたんだろうという、根拠のない考え。

どうして日本と日本人が嫌いだったか。
多分、辛い事がいっぱいあったんだと思う。
私は変な子だったのか、理解者はいなかったから、いつも心が孤独だった。
それと大きな原因は、小学生の時の虐めだとおもう。
私は色んな人種で出来ている国、アメリカに逃げて来たんだと思う。

日本とアメリカの国歌を歌ったこの時から
「今までの自分」の崩壊が始まり、再構築をしなくてはいけなくなった。

私の旅や歴史の研究は、そのプロセスの大事な一部だったと思う。
戦後アメリカが設定した歴史を別の観点や立場から情報収集をして自分なりに考えたり、外国の歴史と自国の歴史を比較してみたり、外国で違う人達を見て、その違いと違和感が、自分の「日本人」いうアイデンティティを教えてくれる。

時間はかかったけど、今の私は、日本人である事を心から誇りに思っている。

今、ニューヨークに滞在していて、あれほどまでに好きだったアメリカという国にあまり魅力を感じなくなった自分に時々戸惑う。

何かの洗脳が解けたかのように。

私の心はアメリカ合衆国から独立できたと思う。

福岡県新社会推進部 国際交流局提供

2013年のレセプション
福岡県新社会推進部 国際交流局提供





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