この数日間、オウム関連の事を調べてた。

実は私はオウムの事件をあまり知らない。初めてオウムの事を知ったのは、ニューヨークのコロンビア大学に遊びに行った時、SHOKOなんとかっていうブッサイクな人のチラシが貼ってあって、「嫌だわ、このブサイク、私と同じ名前だわ~」と思ってた。それから数か月して日本語放送のニュースでサリン事件を知って、その後NEWS WEEKに取り上げられていて、JAPANESE CULTで、こんな事があったんだ、という感じだったの。

だからオウムの事や事件はあまり知らなかった。

そもそも、この件にはまった理由は、4~5か月ほど前にたまたまYoutubeでオウムの動画が画面の右側に出てきて、見てみたら、信者の人達って、真面目でいい人な感じだったの。スピリチュアルにはまっている人やヒーラーと言っている人たちとエネルギーの感じとか、言っている事が似てる気がして。特に秘儀とか修行系スピリチュアル。今更いろいろ調べてみるとはまって行った。

この数日で元信者の書いた本や、元信者を取材したものを読んでいて、80年代終わりから90年代にかけて、オウムに入信した人は私と同じ年代の人も多く、どのタイミング(時代)にどの扉を開けてしまったかという程度の違いなんじゃないかと。

オウム信者は本当に、真面目で親切そうな人が多いんです。多分本当に親切だったと思う。

27歳くらいの時に、ニューヨークで、瞑想やクリスタルにはまってみたりもした。そういう世界があるんだろうけど、なんだかわからず、30歳の時に夢をかなえて、その後何をしていいか解らなくなり、インドに行ったの。宗教や信仰って何だろうって悩んでて、とりあえずインドに行った。行先は南インドのアンマという聖者と言われている人のアシュラム。その後何らかの流れでサイババのアシュラムに向かうんだけど、何を求めていたのかというと、オウム信者と何も変わらないというか、神秘体験や、悟りや、解脱というか、それがどういう事だとか、いつかそういう体験できればいいな~というか。そういった関連の本もいろいろ読んだ。30代にはヨガもかじった。

こういった時期がもし、オウムの事件の前で、オウムの支部がある街に住んで居たら、もし友人や知人がオウムに関わっていて紹介されたら、出家はしないとしても、在家信者になっていた可能性も無きにしも非ずだとも思う。ただ、私には全く接点が無かった。そういう視点から、オウムの事を見ていくと、とても興味深くてどんどんハマって調べてた。

オウムでは比較的多くの人が神秘体験をしている。

シャクティ―パッド、これ本当だったら凄いわ~。

LSDを使ったイニシエーションとかもやっていたらしい。LSDってインスタントに至高体験が出来るとはよく聞く。

今の私は、神秘体験とか、至高体験とか、殆どどうでもいい。自然にそんな事が起こったなら受け入れるけど、そこを目指そうとは思わない。

そもそも、なんでそんな事に惹かれていたのかというと、自分の事や、生きている事が嫌だったんじゃないかと思う。

解脱とかしたら、輪廻から解放されて、もう生まれ変わらなくていいという説もあったりで、輪廻から解放されたら、もう肉体を持って生まれてくる必要が無くなるし・・・みたいな。今考えると、なんてもったいない。生きてる事って結構楽しいし。

そんな事を求めていた昔の私は、究極にエゴイスティックだったのではないかと思う。魂のステージをあげたいとか、生きている意味を見いだせるとか、あの世に意味を見いだせるとか、劣等感を抱えた自分をある部分で持ち上げられるというか。そこで勘違いして上から目線になったりする(←スピハラ)

マジでどうでもいい。
どうでもよくなった。

オウム元信者の動画とかを見ていると、キレイ事を並べて、結局とてもエゴイスティックな人なんだとも感じる。そして昔の自分を振り返る。

導いてくれる人が欲しかった、依存する相手が欲しかった。答えを出してほしかった。そんな気持ちはわからない訳でもないけど、そんな気持ちを持っていたらスピリチュアルでとんでもない事になるとも思う。

スピリチュアルにはまってしまってる人や、能力とかアチューメント、神秘体験とか至高体験に惹かれているのであれば、気が向いたらオウムの事をよくよく調べてみて欲しい。自分に共通する点が無いか気を付けながら彼らの事を調べてみると色んな気づきがあると思う。

とにかく、自分(個)で考えて、自分で決める。
群れの中に居るのなら、特に気を付けた方がいい。


この本のタイトルと表紙ダサいけど、結構よかった。

この本は、AmazonのUnlimitedだと無料で読めるので、Unlimitedの人にはお勧め