今回のキューバでのテーマとグローバル化への理解と準備。

今回のキューバでのテーマとグローバル化への理解と準備。

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エッセイ キューバ


ブログがなかなか書けません。
書いてはいるのですが、上手く書けずにアップしないままです。
今回のキューバの私のテーマは、

今日本である、歴史を見直そうとするムーヴメントがある中で、「誰かが悪い」、例えば、米国が悪いとか、陸軍が悪かったとか、安倍首相が悪いとか、そういう怒りやヘイトスピーチみたいなのがよくある気がするの。私も歴史や国際社会の仕組みや別の側面を知る度に混乱して、そしてまた次の疑問が出てくる。怒りを持ったり、悔しさを持ったりもする。じゃぁ、どうしたら怒りや悔しさを持たずに済むか。と考えたら、知る事、体験する事、、疑似体験する事(疑似体験からも色んな気づきがあると思う)、そして考え現実を多方面から理解する事なんじゃないかと。

米国に盾をついたら、どうなるのか。
その一つのケースが私の身近な対象としてはキューバだったと思う。それがロシアだったりベトナムだったり、色んな選択肢があると思うけど、時間と体力とお金に制限がある中で縁があって来た国が私の場合キューバだったんだと思う。

日本は敗戦後、米国の言いなりだとは思う。洗脳政策があったというのも、過去の自分を見て見事だと感じる。気づけば悔しくてしょうがなかった。とはいえ、謎が多いと言われる朝鮮戦争が起こり、日本は経済的な恩恵をたくさん受けたとも思う。それをある意味基盤にして高度成長の足掛かりを作ったのではないかと私は思ってるの。私が今までいろんな国に行けたのも、日本の経済が比較的裕福だったからだと思う。だから米国の言いなりだったから受ける事が出来た経済的恩恵をちゃんと理解しなくてはいけないと思ったけど、やっぱどうも心が整理納得が出来ない。

じゃぁ、アメリカに盾をついたらどうなるか。
今は、キューバは革命後の時代の中で比較的いい時期、暮らしやすい時期だとも思う。一番大変だったのはソ連が崩壊した後の90年代初期。その頃は食べる物にも本当に困ったらしく、ソ連はエネルギー資源国だったので石油なども入ってこなくなる。一日10時間くらい停電していたらしい。私がこの国の野菜が美味しいというけど、その時代に化学肥料が入ってこなくなり、有機栽培の研究が進んだらしい。

何の理由かは私にはわからないけど、今でも時々停電をする。
暑い中、エアコンもつけられず、扇風機も回らない。冷蔵庫の中が気になる。近所の人に何時に復旧するの?と聞いて回ったり。電気がない事で起こる不便さを体験して、知恵を付けたり。そのうち、「あ、また停電だわ」程度になる。冷凍庫で凍らせたペットボトルの水を冷蔵庫のお肉の上に乗せる。必要以上に冷蔵庫を開けない。

時々水が止まる。
始めは大慌てするけど、何度か経験すると、そういう事が起こりうることを想定して水を貯めて置いたり、こまめに洗濯をしたり。

食料品も、生活用品もお店で見た時にちょっと余裕を持って買っておく。醤油がない!コーヒーがない!と思ってお店に走っても無くて何件もお店を回ったり。でも、無い時はあちらこちらの店で無い。

そういうひとつひとつの日本ではあり得ない不便さを、米国に経済封鎖される事で起こる、暮らしの中でのある側面での事柄を実際に体験してみる。

普通に暮らしていると(衛星やネットを利用せず、海外雑誌を入手しない)、テレビCMも無く、雑誌や新聞広告も無い。言い換えれば、私が今までいた世界はそういった物であふれ、それらを追いかけ、追いかけられ、またそうやって経済が回っていると、思いながら(思わせられながら)、それが当たり前の世界だった。刺激や便利さを得られる反面、結果それらに苦しめられるというか。

この国が、経済的に苦しいからか、見える歪もある。
外国人と結婚する人達。外国人に体を売る人達。始めは嫌悪感を持ったが、戦後間もなくの日本を考えてみたり、よくよく考えると、バブル期にブームのように「愛人」になった人たち、お金持ちと結婚する事を狙った人たちが多かった時代に私は20歳前後を過ごして見て来たし、ちょっと形が違うだけで、よくよく考えたら、キューバ人だから見える歪と言うより、どの位の金銭的豊かさを目安とするかが違うだけで、大差ないというか、とはいえ、本当に外国人と結婚しないと暮らせない家族もいたと思うし、日本も私の母の世代は口減らしで嫁に行かされたりする事もあったし。実際私の母は、若い頃に口減らしで嫁に行かされた。酒癖の悪い人だったらしい。その人から逃げた後に、父と出会ったらしい。

近年、私たち日本人は、「こんなに物が要らなかった」と気づき、無駄な物を持つことを減らそうとしている。でも、この国の人たちは、物とお金がないから持つ事が出来ない。結果、そこが満たされた経験がないから、物を得たがる人も少なくない気がする。持ってみないと、それが生きていくために必要な物か、それ程必要じゃないか解らない。

去年、キューバからマイアミ、ニューヨークとキューバ人たちを見てきた。
「キューバを去って、どうして、ましてや「アメリカ合衆国」へ?
アメリカ合衆国からあんな目に合されたのに(ピッグス湾事件や経済制裁等々色々)、なに喜んでアメリカ人になりたいと思うの?多分政治的に利用されてるんだよ(キューバ人には移民としての特権が色々ある)」

そうは思っても、若い頃に、日本が嫌で、日本から何度も逃げようとしたり、アメリカの永住権が欲しいと思っていた私を振り返ると、何も言えない。

日本にも、右寄り、左寄りとあるように、キューバも、キューバ革命を肯定的に思い政府を信頼している人と親アメリカがある。よくよく考えたら、キューバ革命は親米政権とカストロ達革命軍と、2つの勢力があったわけで、革命が終わってすぐの頃に親米系の人の多くが米国に移り住んだ。キューバ人と一括りに言っても、全く違う思想の人たちがいて当たり前で。日本も然り。

「どうして日本は沢山空襲され、原爆を2つも落とされてるのにアメリカが好きなの?」
よく聞かれる。

「日本は戦争で負けた後、教育も情報も全てアメリカが持ってきて変えちゃったの」
そう言うと、すっと理解してくれるキューバ人も多い。
でも、米国人には理解しにくいとも思う。
仕方ない。

私が今回、当初持っていたテーマは、この国で暮らしてみて、この国を眺めながら、不便さを体験しながら、色んな疑問を持ちながら、ある程度整理された気もする。

この数か月、読書をよくした。
その中で気になったのが、日露戦争の軍費はアメリカのユダヤ人が国債を買ったこという事。日本を出る前、北九州の住まいのすぐ近くにあった「日本銀行北九州支店」をふと調べた事があったの。北九州支店の前身は西部支店で、大阪支店の次にできた2番目の支店で、初代支店長が高橋是清と言う人で、高橋是清は大蔵大臣とかを歴任して総理大臣にもなったことがある人なの。その時に、彼が日露戦争の際に資金工面でアメリカやイギリスに行ったという事を知ったの。

で、この前、どういう風に高橋是清が戦費を集めたか。どういう流れでどの位のお金が外国から日露戦争に集められたか気になって調べたの。

有色人種の日本が初めて白人の大国に勝った戦争。でも、その後ろにはユダヤの莫大なお金なんだよね。陰謀説とかあまり考えなかったんだけど、陰謀説というより、それ、本当なんじゃないかなと。

で、世界史を見ていくと、あれ?と思う事が色々で、結局私たち日本人やアメリカ人、ヨーロッパ人の生活はそういう何かの範疇にあって、その中で生かされてるというか、踊らされてるというか。

私たちを含む、西側系諸国の世界は、そういった人たちやお金にコントロールされてるんじゃないかと。ちなみに、日本銀行は民間銀行で日本政府が55%の株を所有しているらしく、残りの45%は、今の私は誰か解らないんだけど。アメリカのFRB(連邦準備銀行)は全部民間らしいのね。ちなみに、キューバは多分国立銀行。チェゲバラが一時期総裁でそういう整理をすごくやったらしい。

アメリカに居ると如実に解るんだけど、映画やニュース、メディアなどはユダヤ人が牛耳っているのね。今までそんなに気にしてなかったけど、それって、すごく情報を操作されてるというか。お金に振り回されたり、踊らされたりする世界が私たちの当たり前の世界と言うか。とはいえ、文句言っても変えられるだけの力も無いし、もうシステムが作られて、組み込まれてしまってるから抜けられないというか。

じゃぁ、そういう世界の中で、どう生きていくか。

アロマ屋がそんなこと考えてどうなってんの?
なんだけど、感情の事をやっていると、結局その次にみんなが迷うのが価値観の設定な気がするの。

これからグローバル社会になると言われるけど、それがどういう物で、どういう事で、どういう仕組みなのか。多くの人(私含む)はその未来がどんなことが解ってない。

もうすでに、日本は食料自給率も低く、資源も乏しい(という事になってる)。自国だけでは日本人は生きていけない。だからグローバル社会の中で生きて行かなくてはいけないのは必須。だけど、その中でどう生きればいいのか・・・。勝手に一人で考え込んでるんです。

今、とりあえず、出てきた私の考えは、
1.日本人としてのアイデンティティをしっかり根底に持つこと。←説明したら複雑で長い
2.国際社会の仕組みと現実と、歴史を知る事。
3.実際に外国に出て日本人としての軸を持ちながら異文化への尊重をもちつつ自分で感じ考える事。

次の時代に向けての準備としてそういう事をしないといけないかもとか。私たち40代以上の大人は、若い人達や次の世代の人達がこういった事を身に着けられるように、今一度、過去に学んだ常識や知識を一旦置き、いろんな事を学んだり考えたりした方がいいんじゃないかと。

スピリチュアルや自己啓発でそこを見ずに行ってしまうという方法も無きにしも非ずかもしれませんが、またその先で方向が見えなくなる人達も出てくるだろうなとも思いました。

世界は凄い勢いで変わってきている気がするの。生活や社会や経済にそれがじわーっと影響していってるというか。

だから価値観の設定がとても難しいかもという気がしています。





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