先日、10年ちょっと前、横浜に住んでいた頃、スピリチュアル系の関連でお友達になった人。スピ系の人たちのつながりはSNSでかなり外したのですが、彼女はふらっとで感じがいい人だったから、そのままにしてたの。

数日前に、ふと、彼女のページに行くと、更新が止まってて、過去の投稿を見ると、3年ほど前に亡くなっていました。くも膜下出血だったそうです。

わたしより、ひと回りくらい上だったと思う。だから多分、60代後半くらいじゃないかと思う。

あの頃、彼女はたくさん、いろんなスピリチュアルの講習や、能力開発、を受けてた。多分だけど、私が知っている時期の1~2年間で200万円ちかくは使ってるんじゃないかなぁ。だから、気になって、「○○さんのワーク、気を付けた方がいいよ」みたいな事とかを言ったことがあるの。○○さんというのは、かなりの高額な能力開発のセミナーとかをしていたの。彼女は、老後の為に貯めていた貯金をスピリチュアルのセミナーに使ってるって言って一瞬だけど、ハッとした感じだった。

彼女は時々ミクシィにコメントをくれたりしてたけど、個人的に話をしたのはそれが最後くらいかもしれない。

最近、思うんだ。

良かれと思って、伝えたとしても、それは、私にとっての勝手な「よかれ」で、お節介みたいなものかもと。

だって、彼女は、結局、老後のお金は要らないかった。それよりも、スピリチュアルなワークをたくさん受けて、見えない世界に興味を持って、そういう人たちを垣間見たり、参加したり、それがおかしなことだったとしても、詐欺みたいな事だったとしても、それは彼女の「経験」であって、他人が良かれと思って何かを言っても、それはただ、その人の「経験」の機会をコントロールすることになるかもしれない。

人は経験しないと、理解できない事や、納得いかない事がある。「ある」のではなく、経験しないと理解や納得は出来ないのかもしれない。

私は、15歳から、見えない魂の世界ありきの暮らしをしなくちゃいけなくなった。すごく葛藤したし、父ともぶつかったし、家族以外の人には変な人と思われたりもした。変な存在と繋がって危ない目に遭ったり。見えない世界にはいろんな存在がいるんです。見えないから何が本当か解らないから、スピリチュアルなワークとかにも何十万円かは使ったと思う。父に言われて神社に行ったり、そういうのも合わせたら何百万円も使ってる。納得いかないから、インドにも行った。水晶とかのパワーストーンも何万というか、数十万円は使ったかも。結局経験して、納得しないと、終わらない。そうやって、ある意味では人は経験をお金で買うんだと思う。

彼女は多分だけど、2000年以降の、オーラの泉辺りからのスピリチュアルブームから、そういう世界に向いた人だと思う。何百万円も使ったと思うけど、きっと肉体がなくなっても魂は生き続けてること、死ぬことは肉体を離れる事を納得していると思う。最近読んだ本によると、それを知っていると、死んだ後、比較的すんなり死を理解してこの世を離れるらしい。それはとても大切な事らしい。

ひとそれぞれ、経験も、知識も、段階も違う。

私がどんな段階かとか、わからないけど、結構、そういう環境で育って、その事を考えて生きてきた。だからって、解ってるわけでもなく、だけど、そういう見えない世界の仕組みをまぁまぁ知ってるとは思う。

そういう事って、誰かに言葉で言っても、経験しないなぎり、納得は行かない。

誰かがそういうから、そう信じるのは自分が無い。時には、そう思い込んだり、騙されたりして、何を信じるのか自分で選んでいくんだと思う。

 

そう・・・少なくとも、彼女の人生に、老後の貯蓄は必要が無かった。亡くなる数日前に元気そうな投稿があった。くも膜下出血で、一瞬だったかもだから、入院や医療費も要らなかった。

きっと、それぞれの人生は、上手く出来ているのかもしれない。他人がとやかくいう事でもなく。

 

この数年で、あの頃に知り合った人たち、結構亡くなってる。私より若い人とか、同じくらい歳の人。

肉体を離れただけ。早いとか、遅いとかなく、それぞれが、それぞれのカリキュラムのようなものを持っていて、それぞれの人生を歩んでる。

わたしも、私の人生を、歩んでる。何を目的に、この時代のここに生まれてきたのだろうって、迷ったり、模索したり、確信したり。

みんな、生まれてきた目的、カリキュラムのようなものは違うから。誰とも比べられない。

 

そうね、他人のいう事なんて聞いちゃダメ。ガイド(守護霊)のいう事だって、自分で考えて受け入れないとダメ。

大事な事は自分の心に訊くしかない。

ブログのタイトル、ぴたっとはならないけど、よしとしよう。


写真は、今年の筍。友達に配ってきましたよ。