キューバのリアルな暮らしを見ながら【ハリケーン・イルマ】

キューバのリアルな暮らしを見ながら【ハリケーン・イルマ】

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エッセイ キューバ



9月9日から10日にかけて通過したハリケーンイルマ。
私の住むコヒマルでは電気の復旧に3日間ほどかかった。
ハバナに通じるトンネルは2週間近く閉鎖されていた。

ハリケーンが通過する日の午前、大家は私の家にかかる大きなマンゴの木の枝を切りに来た。

3日間電気が無かった暮らし。
まず困ったのは、冷蔵庫。
ハリケーンが来る数日前に1.5リットルのペットボトルに水を入れて凍らせた。
1日目。それをいくつか冷蔵庫に入れる。
2日目以降は、凍ったペットボトルを冷凍庫に入れてそこに冷蔵庫の食品を入れた。なんとか3日間、食品を腐らせずに食べつなげた。

読書をするにもタブレットの充電が必要で、PCを開くにも万が一仕事の作業が入った時の為に出来る限り節電でPCを開かない。

iPhoneは日本から持ってきた充電式の電池で3回ほどフル充電が出来る。

扇風機も動かない。

日が暮れると、登山用のヘッドライトを室内等に。
これが、結構強力ですごく役立った。

私の家は一軒家で、水のタンクは私一人用で結構大きく、私は水の節約がすごくうまいので水に困る事は無かったけど、近所の人たちは水に困っていた人たちもいた。

ガスは私の家はプロパンなので問題なく調理が出来た。

ラジオを持っていなかったので、情報が遮断される。近所の人に情報を聞く。

3日間も電気の無い暮らしは、私にとっては生まれて初めての経験だったと思う。

シンプルになった私の暮らしは、テクノロジーや電気のお陰。
電気が無いと読書すらままならない。

ハバナは北側の海沿いでも比較的被害は少なかった。
それでも、海沿いの家の被害は大きかった。




私の家は海から4ブロック。
ハリケーンが通過した翌日、海沿いに行くと壊滅的な被害を受けていた。

流されてきた大木、電柱なのか、海の水と一緒に家の中に流れ込み、そこに力なく座る人。被害の殆どなかった人たちは、被害を見物するように彼らの家を見る。借家暮らしの私には何の被害も無い。

ハリケーン通過後、3日ほどしてグアナバコアのダニーの妹とパパを訪ねた。
夕立が来たとき、雨漏りがした。
ハリケーンで屋根のトタンが壊れて飛ばされてた。
2枚壊れたという。

「幾らなの?」

「1枚200ペソ。2枚で16ドル。」

「これは緊急だから受け取っておいて」

パパの娘はマイアミに住んで居て、3つの仕事を掛け持ちながらパパたちに送金をしている。その送金が無いとパパと妹とその子供たちは暮らせない。絶対に暮らせない。それがキューバの現実。私もやっと理解が出来た。

ハリケーンイルマの被害はマイアミでは特に大きく、パパの娘は避難していたらしく数日間連絡が付かなかった。マイアミビーチで仕事をする彼女の息子たちはビーチの閉鎖で暫く収入が無いらしい。

「多くは渡せないけど、これでとりあえず、節約しながら1週間食べて。」

10CUC(10ドル)を渡した。
多分、かなり節約したら1週間行けると思う。

ここに居ると、外国人と接点のないキューバ人の生活に触れる。
彼らの多くは本当に月に10-20ドル程の収入で公務員の仕事をしている。家に行くとトイレットぺーの代わりに新聞紙があったりする。それをしごいて私も使ってみる。

そういう人たちは外国に家族が居なくて送金が無い場合、どうやって暮らしているのか私にはまだわからない。でも、教育や医療が無料といってもこの国の社会主義は最低限の暮らしを保証したいと思ってもできてないと思う。

数日前、ダニーのパパが
「ショーコ、日本の政府が今回の被害に対して援助してくれた」

ニュースをあまり見ない(見ても解らない私)は、
「え?日本が?」

「そうだよ。日本が沢山援助してくれたよ。ありがとう」

日本人に触れる事が殆どない彼らにとって、私は「日本」で、私を通じて日本を感じ、私を通じて日本への感謝を伝えるのかもしれない。



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