毎日、いろんなことを考えるというか、考え込んでるんだけど、適当に離脱。
私の、人生というか、今生のテーマの一つが、戦争だったりする。戦争を無くそうとか、反戦とか、正義とか、そういうのじゃなくて、私自身が、というか、私の魂は多くの戦を経て今にあるのだと、思う。
私がスピリチュアルなことに、気づくというか、始めたというか。見えない世界を軸に生きようとし始めたきっかけも、戦争だった。というか、戦争で亡くなった前世、であろうことだった。
父に前世の傷のようなものを癒してもらうんだけど、どれだけの切り傷と、矢を抜いてもらったか。特に耳の矢を何度か抜いてもらったのよ。見えないことなので、「嘘でしょ」って半信半疑で、でも、父がそういうから、とりあえずやってもらってた。
だけど、子供の頃からよく中耳炎や内耳炎になっていて、病院に通うことも少なくなかったんだけど、ある頃を境に全く中耳炎にならなくなったの、よ。その後は、耳の矢を抜くってことも無くなった。
今思い出しても、不思議だけど。ま、とにかく、戦をかなりしてきてるんだと思うんだ。多分ね。
で、15歳くらいから、ずっと、戦争のことを追ってる。
私がキューバに行ったのも、そんなことが根底にある
結局。。。どうして戦争が起こるのか。どういう仕組みで起きてしまうのか。世界がどういう仕組みなのか。そういうことを追いかけてきた。
多分、ある意味では、人間、三次元の、性とか、業とか、で、ある意味では、この世界、次元では、避けられないのかもしれない。そうやって、戦い、殺し合うことすらも、魂には必要な経験と学びがあるの、だと、今は思う。
「台湾有事」と言うけど、まだ、今のところ、日本は、大丈夫そうだけど、キューバは今、多分、もう、ギリギリのところにある。イランも。
胸が、苦しいとかじゃなくて、硬直してると言う感じ。どう考えて、どう感じたらいいのか、わからないんだ。
キューバ革命では、「祖国か死か」って言ってた。今SNSでは、キューバ政府は「祖国か死か」と言っている。
私たち日本人は、戦争を起こしてほしくないだろうし、「平和」を願うと思う。だけど、現実は、「平和」という「言葉」では何もならないし、「平和」という「言葉」を利用してる世界でもあるし、「平和」と口にする人たちの心や家庭、周り、職場は、平和なのか。
キューバもイランも、チャベス政権以降のベネズエラも、アメリカという覇権国で、「経済制裁」とかいう制裁を「下す」国に対して踏ん張ってきた。それは、本当の意味での「国」としても独立性や主権を奪わせないように、なんだと思う。
日本は、独立も、主権も、差し出しているというか、その意味を理解できてないというか。それが、「平和ボケ」とかいう言葉で言われる部分になるのかもしれない。日本人って多くが性善説な人が多いと思うのね。私もそうよ。お財布落として、それがちゃんとそのまま警察に届けられる国でしょ。夜遅くに女性が平気で、当たり前に歩ける国でしょ。そんな国は珍しいの。私は「奇跡の国」だとか時々、冗談で言ってる。
その性善説である程度成り立ってる国だから、他者や、他国の悪意には気づきにくいとも思う。で、気づいたとしても、「自分さえよければ」みたいになったのね。これは、海外で痛感した。自分もそうだった。それは、まぁ、戦後、まぁ、歪んでて、競争とか比べることで評価されることに主軸を持ったというか。みんな結構必死なんだと思う。私もこの社会で生きていくのに必死だったから、わからないこともない。でも、国にもよると思うけど、日本は、そういう部分が結構あるの。アメリカにいた時に、ある日本人が「日本人は足を引っ張り合うから」と言われたことがある。それは、比較、競争、評価されることで価値づけられてきた結果に起きた歪みなんじゃないかとも思う。
その、性善説で、言われたことを信じやすい、あまり疑わない国民。で、戦争を放棄させられ、主権を手放させて、依存する国になってる、日本。そんなはずはないと思いたいかもしれないけど、食料自給率は世界で最悪なレベルらしいし、日本の経済は、日本のものじゃない、よね。だけど、とりあえず、物や食べ物に困らない、一見豊かに見えるんだけど、それは、表だけだったりする。
その対局のような国が、キューバなのかもと。
物もないし、食べ物も。ソ連崩壊後に肥料や農薬が入らなくなって、有機栽培を始めた。フィデルカストロは、エネルギーを節約するために圧力鍋を推奨した。その後、ベネズエラがキューバへの石油の供給を助けたの。キューバはその恩を忘れない、んだと、よく言ってた。
「豊かさ」の定義が、目に見える、経済や物資などとする人と、見えない心や誇りとする人。前者の多くは、キューバを去り、キューバの政府を悪くいう。キューバの暮らしは最悪だという。でも、後者は、その現実と理想の間で耐え忍んだり、葛藤したり。前者でも、キューバを出る覚悟や、経済力というか、ない人たちもいる。
豊かさの「定義」が違うのかもだ。で、誰かが言ってることは、どういう立場で、どういう経験や思いを持っている人なのかで違う。
私は・・・今、毎日祈ってる。だけど、何を祈ったらいいのか、わからなかったの。
だけど、祈らずにはいられないの。
キューバ政府は、屈しないと思う。そう簡単に屈せるのなら、とっくにそうしてる、はず。あの国での暮らしは大変だった。停電も多いし、水が足りなくなったり、物も手に入れにくい。経済封鎖は、第3国にも適応するの。本当にがんじがらめ。それでも耐え忍んできた。
あの国には、日本が失った、手放した、「誇り」があるんだ。
だから、あの国に行ってみて、住んでみて、自分の目で、体で、その現実を体験したかったんだ。現実は、本当に、きつかった。それを体験してから、自分たちはどれだけの便利さや利点を得てこれたのかを理解した、で、私は日本という国に対して何も言えなくなったんだ。
この写真は、2014年に初めてキューバに行った時、宿のバルコニーからの景色。もう充分ボロボロだけど、もし、ここに爆弾が落ちてきて破壊されたら、って、想像したら、考えたらすごく悲しいというか、そういうことを考えながら撮っておいた写真なんだ。

トランプさんの1回目の当選の時、マイアミのキューバ系の人たちに協力をしてもらったらしい。キューバ革命の時に親アメリカのバチスタ側で、革命後にアメリカに渡った人たちが作ったコミュニティ。国務長官のルビオさんは、マイアミのキューバ系アメリカ人。キューバを取るということは、彼らの悲願なんだと思う。着々と準備はしてたと思うし、ベネズエラを押さえたのも、石油などの資源だけじゃなく、キューバのこともあったと思う、だから、今回はかなり危ないかもと。キューバ政府は、「祖国か死か」という。
私は何を祈ればいいのか、私なりにわかった気がする。
「彼らの誇りを守ってください」と。
多分、それが「キューバ」という「国」の魂なんだと、思うし、そのために戦ってきた国だと思ったから。
騒ぐ心、揺れる心を押さえ鎮め、静かにここで祈る。それぞれの運命と命の方向を尊重する。
他国のことを色々いうより、自分たちが、日本が、今後どうなるのかわからない中で、私たちは私たちの準備をしなくてはいけないんだと思う。
今さっき、在日キューバ大使館でアップされた最高指導者のミゲルディアスカネル氏の昨日のポストの翻訳の一部を載せるね。
「キューバは自由で独立した主権国家だ。誰も私たちに何をすべきか命じることはできない。キューバは攻撃しない。66年前から米国に攻撃され続けている。キューバは脅威を与えない。防衛の準備を整え、最後の血の一滴まで祖国を守る覚悟がある。」
今日の写真は、ルイシートの奥さんのジェシーのご飯だよ。

