近年「暮らすように旅をする」という言葉をよく聞きます。

多分、十数年前からそういう風に旅をしてきたように思います。旅先というか、滞在先での楽しみは、市場やスーパーマーケットにいく事、ローカルな食べ物や食材を試すことと、地元の人たちとのふれあい。あまり観光はしませんが、街の中を歩いて、人や街の景色を楽しみます。

私のひとり旅は、だいたい、最低2週間同じ場所にいます。
始めの1週間は結構歩きます。その町の地理や、景色、必要なものがどこで手に入るか、地元の人たちが食べている食堂を探したりでとても忙しいです。

1週間が過ぎる頃に、景色に慣れ、地理に慣れ、必要なものがどこで手に入るかわかるようになってきます。そうすると刺激も減り、で、ちょっと退屈になって来て、宿の人と話をしたり、ただ通りを眺めていたり、隙間が出来てくるの。そこからが、私の旅の始まりです。

初めてのキューバは3週間でした。
グアテマラも2~3週間いたと思います。
ニューヨークはいつも数か月。
カンクンも半年いました。

ホテルに泊まることは殆どありません。
月単位で家具付きの部屋を借りるか、ゲストハウスとかの宿主とその家族が一緒に居るようなところに泊まります。ニューヨークは高いからルームシェアが多かったです。

時代がわたしに追いついた、というか(笑)。

でね、その先にどうなるかと言うと、私の場合は、
「旅をしているように暮らす」「旅をするように生きる」「生きていることが旅のように感じる」と言う風になっていくんです。

旅が非日常ではなく、旅が暮らしで、今こうやって日本で暮らしていても、旅をしていてここ(下関)に長期滞在をしているような感じです。

今回下関を選んだ理由は。まぁ、そんな風が吹いたような気がして、流れがあったからなんだけど、旅人から見て、ここは長期滞在するには魅力的だと感じたから。

海があり、山があり、生魚もあり。
もう、夜遊びもしないし、本物のジャズやサルサも結構食べた。

海があり、山があり、食べ物があり、なんとなく受け入れてくれる人たちが居る。

ダニーの家族やコヒマルの人たちは私に寂しい思いをさせなかった。
初めてキューバに行った時の宿主のホルヘとアニータも親戚の様にいつもウェルカムしてくれた。

決して豪華じゃないけど、手作りの、心の味がする食べ物があった。
海があった。
海を見ているだけでも気持ちがいい。
海があるって、最高。

私が住んでる町内はなんだかちょっとキューバみたい。ご近所さんがいつも気にかけてくれる。ご近所さんとの関わりありきで、私は暮らしている。

中学高校と下関だったでしょ。
恩師たちは気心も知れてて、なんか、知り合いのねーさんたちの様に私に接してくれる。

ご近所さんの家族に便乗して海水浴に行くと、海がとてもきれい。

車窓には緑が広がる。

昨日は、藍の生葉染めの体験会に行きました。


感動的にキレイな、私の好きな色でした。

藍染の体験会は、同窓会の行事で知り合った方が園芸セラピーと言うのをやっていて、春に植えたタデアイを収穫して藍染をすると教えてくれました。

バス代けちって、ママチャリをこいで長府庭園に向かいました。

8キロくらいあるんだけど、海沿いなので気持ちいいんです。

そのあとは、城下町の長府をちょこっと探索しました。


9月は恩師の家の稲刈りのお手伝い、というか、体験です。
ご褒美に玄米分けてもらいます(笑)。
イノシシも欲しいですw。そーとー美味しかったです。またください。
この前は、ブルーベリーをもらってきました(∩´∀`)∩

来週は、別の恩師の家に行くかも。立派な古民家で、ここの庭はすごく素敵なんです。
秋には栗ができるらしく、栗の収穫にいかねばです。

下関でこんなに色んなことが体験できるなんてね。

どこかを旅している時の暮らしも、ここでの暮らしも、なんだか似ている気がします。
旅の中でいろんな体験をしている、そんな感じです。