「毒親」という言葉を当たり前に、簡単にきくようになって結構経つと思う。

「うち、毒親なんです」と簡単にいう人もよくいる。

昔、私が家族の事で悩んだり、苦しんだり、悲しんだりしていた頃、親しかった友人が私の言葉に乗ってか、私の親の事を悪く言うようになった。彼女は、私を思って「共感」、シンパシーをという思いやり空だったのかもしれないが、とても嫌な気持ちになったのを覚えてる。

その時に、その人がどれだけ親の事で苦しんでいたとしても、赤の他人の私がその人の親を悪く言わない様に気を付けている。

だから、誰かやお客様が「ウチ、毒親なんです」と言っても、同調せず、サラっと流す。「あ、そう」と言う感じで。その人にしてみたら、解ってもらえないから嫌かもしれないけど、赤の他人に自分の親を悪く言われるのは不思議と嫌な気になる、人は多いと思う。

所詮他人。その家族の物語や、苦しみ、痛み、血の作用は、理解しきれないし、もしも私が理解できたとしても何の解決にもならない。当事者であるその人がどうその家族を理解していくのか、それに尽きる。

気の毒だが、「うち、毒親なんです」と言っている人は、幸せにはならないと思う。未成年なら法律的にも親の管理下にある部分が大きいし、「未」青年なので、経験も乏しいし、そこから抜け出すすべが解らない。虐待などがあまりにひどくてどう仕様もないのなら、国や行政に頼る、助けてもらうしかないのかもしれない。とはいえ、そんな環境で育っていると、自分の家族以外の家族の世界をテレビドラマとかでしか解らないので、自分の家がおかしいという事にはとても気づきにくい。

大人になって。日本の20代はまだ子供なので、まぁ40代以降かな。30代は青年と言う感じね。

40代になって「ウチ、毒親なんです」と言っている人は、親を「親」として見ていてなんらかの期待をまだ持っているのかも。でも、20代そこらで子供を産んで親になった「親」に、40歳過ぎても「親」の理想を求めるのは滑稽でもあると思う。で、「ウチ、毒親なんです」と言いながら、一緒に住んでいたㇼ、付き合いをしていたりで、しっかり繋がりを持っていたりする。そうなると、それは「毒親」なのかと疑問に思う。

その毒を必要としている、とか。毒があってもうま味があるとか。毒のしびれが病みつきになってるとか、、、どうだろね。共依存になっちゃってるのかなぁ。

もし、その人の親が、俗にいう「毒親」だったとしても、その人はその毒を持った親の種や畑から出来ていて、その人の中にも毒を受け継いでいるのかもしれない。反面教師でうまく行く人もいるかもしれないけど、結構、だいたい、毒のある品種の種からは毒のある品種が生まれるとか、育つんじゃないかと。だから、「ウチ、毒親なんです」と言っている人は、自分を半分否定してしまっているのかもしれない。そうなると、自分自身をもっと痛めつけたり、否定してしまうのかもしれない。それと、自分の中にある「毒」には目を向けていないのかもしれない。

そもそも、その親は、どうして「毒」を身につけてしまったのか。いろんな経緯や事情があるのだと思う。

それを、大人の頭、理解力で理解出来たら、「毒」が「良薬」に変わる、そんな気がするんだ。

でも、これ、他人に言われてもどうしようもできない。もっとイラついたり、腹立たしかったりするかもしれない。解ってもない他人に言われたくないと思う。

自分で気づき、理解しようと相手に立場で考えてみたり、で、自分で納得できたら、良薬に出来るのではないかと。

私の親にもいろんな毒というか、偏りがあったと思う。理不尽な事も多くあったと思う。でも、いい部分もあった。悪人ではないけど、傷つける人たちだったと思う。おかげで情緒がオカシイ私だったりもしたが、そういった経験があったのと無かったのとどっちがいいかというと、あった方が良かったと、今は思う。そのお陰で「深い」感みたいなのが持てたと思う。

私は、自分の親や環境を「毒」ではなくて「良薬」だったと思う。で、親の持っていたかもな「毒」というか、クセというか、偏りは、まぁ、私の中にもあると思うな。だから何だというのか・・・別にないな。でも、親を「毒親」とか言って、否定したり憎んでいると、親の持っているそういう部分が自分の中にあると、見えると、自分が嫌で仕方ないとか、自己否定とか、自分を見ないとか、あるかもしれない。

そうそう、自分を見ない人の厄介なのは、自分を見ないで済むからか、他人の問題に(いい人面して)頭突っ込んできたりするんじゃないかと。と書きながら、このタイプの人が子供に「毒親」と言われる人に多いんじゃないかと、気づく。このレベルの毒親な感じが「ウチ、毒親なんです」と安易に言えるレベルというか。

結局ね、「ウチ、毒親なんです」という人は、自分の人生を誰かのせい、親のせいにする人なんじゃないかと。そういう人は、自分が変わらない限り幸せにはなれないんじゃないかと。

毒を良薬にする。それが出来たら、そういう捉え方が出来たら、その人は確実に変わっていくんじゃないかと。幸せになれるんじゃないかと。

幸せって、誰かが与えてくれたりとかじゃなくて、心の状態なだけな気がするんだ。

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今日の写真は、この前友達が送ってきてくれた柚子!!!

ピーラーで皮むいて、果汁と塩でペーストにしてみました。マヨネーズやドレッシングに混ぜたり、浅漬けに入れたり、白身魚や鶏肉にも合うと思います❤