とっても大事なこと。多くの人が、無意識に善でありたいとか、よくありたいとか思うかもだけど、その心理のトリックというか、そういうのに、本人が気づいていなことが多いの。
というのも、「競争」から共生、協生、「共創」へ・・・。 」で書いたように、そういうふうに当たり前に思うように、私たちは、ある意味プログラムされてる。
このトリックに気づかないと、日本、終わる。
「良さげ」なこと、綺麗なことを言ってる、誰かの言葉には気をつけてほしい。耳障りがいいかもしれないこともあるかもだけど、乗らないで欲しい。そういう言葉は人は、「良い」と思って、自動的に悪を作り出し、二元性を作る。
最近思うのは、「良い」とか「悪い」とかはなく、さまざまな「経験」なんじゃないかと。
自分の心でかんじ、見つめ、自分の頭と心で考えほしい。それを突き詰めていくと、二元性のトリックがわかる。
昨日の私の、SNSのポストを貼ります。
今、私、平家の事から、神功皇后、日本武尊、素戔嗚、八岐大蛇。草薙剣、天叢雲剣。龍宮、、、ってなってる。そう、全てが繋がるの。関門海峡
今、世界がすごい事になってる。分断、殺し合い。でもそれすらも、誰かのシナリオ。分断を起こさせるの。常套手段なの。
私たちが教えられた、刷り込まれてた、明治維新がおかしい。そのシナリオも同じ「誰か」が作って、分断させて殺し合った。そのひとつの重要な舞台も、関門海峡。
二元性を作り出し、良い悪い、正義と悪。自分が正しいと思い正義を振り翳せば自動的に悪を作り出し、分断を作る。
今の政治の元になっているのも、ここ。長州
明治維新
「チャーリーカークさんが殺されて良かった」という声がアメリカでちらほら投稿されてるらしい。
日本人の心には、武士の心があるからか、ああいう卑怯なやり方や、そういう言葉に静かな憤りのようなものを感じる。
明治維新は武士がやったのではなくて、商人たちがすごくサポートしてる。もしかしたら、士農工商という制度も関係してるのかも。維新関連の人たちの遊び方もなんかキレイじゃない。特に伊藤博文。
近年いろんな国で起きたカラー革命も明治維新と言う革命も同じ誰かたちが作ってるぽい。
明治政府は天皇をすり替えようとしたり、神仏をわけたり。阿弥陀寺があった赤間神宮や春帆楼の経緯を知るとすごく考えさせられた。旧暦をなくしたり。
今更気づいたのは、私が育った福岡県北九州市門司区は豊前国で、福岡の多くは筑前国だったりする。という事は一の宮は宇佐神宮なの?
それらが何を意味するとか、影響するかと言うと、日本人の魂の軸や拠り所がぐちゃぐちゃにされてしまったのかもと。
だからね、もしかしたら、明治維新のこと、もっかい真剣に向き合い考えないと、日本、ほんとに終わるのかもと。
平家の物語を追いながら、いろんな事に気づく。