昨日、夕方、自転車で帰宅をしたら、
小学生の女の子が、泣きそうな顔をして、立っていた。

「あんた、どしたん?」
「あのね。お家にカギかかかってて、ママが居ないの」

ママの携帯番号を聞き、かけた。
ママが帰るまで20分位、いろいろしゃべってた。

「お父さん、居ないの。ママが、連絡もつかなくてどこに居るか解らない、って言ってた。」
「お母さん、何の仕事しよるん?」
「ママ、働いてないよ」
「あんた、将来何がしたいん?」
「パティシエになりたいけど、お父さんが居ないから・・・」
「お父さん居なくても、何でもできるから、でも、頑張んないとだよ。学校の勉強ちゃんとしなよ」

なんか、色々考えさせられた。
お父さん、どこに居るのか、解らないんだ・・・。

私の所には子供の頃の出来事や想いが元となった感情を抱えて、
自分と向き合おうとしているお母さんたちも結構集まる。
自分を苦しめる感情に気付いて
自分の人生のすべてを受け入れようとしている段階の人達は
人のせいにせずに、自分と向き合う。

でも、本当に大事なのは、実は子供を産む前、
結婚をする前の段階で、
自分を尊重する事を覚える事なのかもしれないと、ふと思った。

どんな旦那であれ、
その子の半分はそのお父さんから出来てる。
一生逃げる事は出来ない。
妻、奥さんというのは他人。

殴ろうが、嘘をつこうが、騙そうが、利用されようが、
どんな旦那であれ、
その男を選んだのはその女性で、
結果、傷つくことがあっても、その男を選んだのはその人。
その人は一生その子のお父さん。

自分に自尊心があれば、
殴られる事を受け入れる事はないと思う。
殴られたら、自分がこんな目にあっている事がおかしい、あり得ない、と、思うと思う。

愛されたい、という、想いは、
子供の頃に受け取る愛が足りなかったのかもしれない。
その愛が枯渇している人は、愛を模索し、求める事に振り回される。

自分を愛し、尊重する事を覚えて欲しい。
それは、そんなに簡単じゃない事も解ってる。
子供を置いて、他の異性から愛される事を求めて行った人たちも身近に見てきた。子供たちはどこかで、自分が大切な、価値ある存在ではないと、心の奥に思うのかもしれない。

感情と向かい合い、自分と自分の生を受け入れ、
自尊心を持ち、自分を価値のある人間と、知り、
その上で、あなたの元に産まれる命を共に産み育む、お父さんになる人を、出来る事なら選んでほしい。

自分を安売りしないでほしい。
快楽を求めるのなら、責任を持って避妊をしてほしい。

どんな親でも、その子にとっては、自分の体の元を生みだした親。
子供の魂は、親を選んで生まれてくる、と、私は信じてる。
でも、自尊心を持って、親となってほしい。
その子の目を見ながら、そんな風に思った、昨日でした。